真実の口(Bocca della Verità) 2011年欧州旅行記-17

もしあなたが、ローマに心残りをおいたまま、この街を去らなければならないとしたら、それはいったい何だろう。

夜明け前のナツィオナーレ通り(Via Nazionale)を見下ろしながら、僕は物思いにふけっていた。まだ時差ぼけは治ってなくて、そして脹ら脛には昨日ローマを歩き回った名残が固くこわばっていた。ガス入りのミネラルウォーターでのどを潤す。午前6時近くになって彼氏がベッドから這い出してくる。今日はテルミニ駅から都市間特急に乗り、南イタリア ソレントへ移動する日だった。数時間後にこの場所を離れる慌ただしさと、少しの寂寥で心が乱れる。

TVにNHKの国際放送を映しながら、僕らは交代でシャワーを浴びる。先にシャワーを使わせてもらったあと、僕はフロントでもらった絵地図と、ガイドブックを眺める。ローマの心残りといったら、あれしかない……。ドライヤーで髪を乾かしている彼氏に声をかけた。

「ねぇ、出発前に駆け足で、"真実の口"を見に行かない??」

ええっ!?と当惑する彼氏の声がバスルームから響く。「荷物を置きっぱなしにして、チェックアウトまでに戻ってくればできると思うよ」と彼氏を説得。彼氏が当惑するのはわかる。心の準備もあるだろうし、パッケージツアーでない状況下での予定変更は、交通機関の乗り過ごしなど失敗の元になるはずだから。それでも、ローマに心残りがあるとしたら、それは"真実の口"にたどり着けないことなんだろうと僕は感じていた。

慌ただしくご飯を食べる。


昨日と同じ、ローマ地下鉄B線 チルコ・マッシモ駅で下車。カラカラ浴場とは反対側の広大なチルコ・マッシモに沿って歩いて行く。長方形の競技場の向こうに、ドムス・アウグスターナの壁が夏の太陽を浴びてくたびれたように伏せっている。ローマの松の木陰をさがしながら歩いても陽光に晒されて、シャワーを浴びたばかりの肌がすぐに汗ばんでくる。そんな気候だった。


道なりに歩き、交差点を右に曲がったところに行列ができている。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会(Santa Maria in Cosmedin)の正面。ほとんどが日本人。行列を作っている日本人に「こちらが最後尾ですか?」と尋ねるとここだという。ちょうど"真実の口"のほぼ横。フェンスの向こうに手を突っ込んで写真を撮ったりしているあいだに、中国人たちが現れてさらに行列が伸びたり、横付けされたJTBの観光バスの車上からバシャバシャ写真を撮られたりしてサファリパークの動物になった気分になったりして……30分ほど待って記念撮影が始まった。前に並んでいたカップルと交代で写真を撮り合った。どうってことない"真実の口"だけれど、これで心残りはなくなったような気がする。もちろん手が抜けなくなったということはなかったよ。


ホテルに戻るタクシーの中で、無理を言って"真実の口"につきあってくれた彼氏にお礼を言った。ありがとう、これで思い残すことはないよ。

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