任天堂Switchの争奪戦がまだ続いているんでしょうかね。

ゼノブレイド2を受け取りに行った近所のゲーム屋さん。
以前、GW直前に僕が定価新品を手に入れた店です。

12/1の深夜、そこに新品2台が定価で置いてあったんですよ。

甥姪がいるんで、2台買って送ってやろうかなあと思いつつも帰宅。
翌日仕事帰りに覗いてみると、まだ2台ともあったんで財布を持ちつつ思案していると……。

中年女性が息を切らして飛び込んできて、店員から手渡されたSwitchを大切そうに胸に抱いている様子を見ていて、自分は買わなくてよかったなと思った。半分おふざけのサプライズに使われるよりも、切実に必要としている人に行き渡ればいいなって。

彼女は「なんとかオデッセイっていうやつも……」と言っていたんで、少なくとも自分用ではないな。子供か孫へのクリスマスプレゼントにするのかな?

ゼノブレイド2……というかJRPGというか

ゼノブレイド2を動かしてみてる。
例の爆乳ホムラちゃんの登場以前、ショタなレックスの日常を追っているわけですが。





うーむ。
BGM最高だし、レックスのデザイン、性格付けも嫌いじゃない。
だけどなあ、、、、

ショタのプリケツを眺めているよりも、



こういう渋い男性キャラとパーティー組みてぇなあという気分のほうが強いかな。

神ゲーなゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルドと比べちゃだめだとは分かっちゃいるんですけどね。ゼルダだったら、ゼルダだったらと事あるごとに考えてしまう。

システムとしてのオープンワールド云々ではなくて、この物足りなさはゲーム設計思想の根幹にあるのだろう。
ゼルダのチュートリアルは最小限、使える道具も大体序盤にそろってしまう。ハイラルの「世界ルール」はプレイヤーが試行錯誤で「身に着けて」行く仕掛けになっている。そのルールを体得するためにしょっちゅう死ぬし、命からがら逃げまわることにもなる。そして、すごいルールを知っていなくても、自分の手持ちの知識を組み合わせることで結構何とかなっちゃう「手触りとしての世界」がある。

ゼノブレイド2をはじめとするJRPGは、世界の説明があり、みっちりとしたチュートリアルで知識を付けた後、フィールドへ出ていくという立て付けだ。FF7からJRPGに触った僕は、あの当時は「ムービーすげー!」と喜んでいた口だが、ゼノブレイド2を始めてすぐに思ったのは「かったるいわー」。

「世界を知る」って行為もプレイヤーに任せてほしいんだ。
そういう意味ではHorozon Zero Dawnのチュートリアルもかったるかった。

というか、あらためてJRPGに感じるのは、これはプレイアブルなアニメか小説なんだなって。ストーリーがなくなっちゃうと単なるシミュレーションになってしまうから、それはそれでジャンルが違うのかもしれないけれど。その分ゼルダの伝説botwのすごさが分かった気がした。JRPGではキャラクターたちが成長してゆくけれど、ゼルダの伝説botwはプレイヤーが成長してゆくなんだなあと。その違いはかなり本質的な部分じゃないかと思う。
で、ゼノブレイド2を放り出すかというと……UIのダサさを含めて言いたいことは結構あるけれど嫌いじゃないんで、もう少し続けると思う。

Xenoblade2が待ち遠しい!

コメダ珈琲店でDeepLearningに食わせるためのデータ生成プログラムを書いていた。

来週、ゼノブレイド2が発売されるのだけれど、紹介されていたBGMを聴いてみたら、なんか泣きそうになった……てか泣きました。これがテーマソングじゃなくてフィールド曲って本当!?



少しノスタルジックな曲調。主人公たちは解放感と茫洋とした不安を抱え、きっと美しい光景が広がっているフィールドを駆けてゆくのだろう。勇者の冒険を支えるBGMとしては素晴らしすぎるんじゃないか??
今年の任天堂Switchは、何年に一度かの傑作が惜しみなく降り注ぐ、めったにない大豊作の年だったのだろう。

来週のリリースが待ち遠しすぎる。