高橋秀武『雪と松』:BL漫画レビュー

高橋秀武(ひでぶ)という作家名からして意外性に満ちた本作。
今年の「このBLがやばい」にランクインしてくるだろう注目作!!

「冷てえ目だな…心だけまだ死んじまっているのかね──温めてやるよ」
雪 降り積もる中、脇差を手に、瀕死の状態で倒れていた美青年。そんな彼の命を拾った医者の松庵。互いの名も知らぬまま、結ばれていく二人だが…?

高橋秀武という作家を僕はそもそも知らなかった。
過去作品はジャンプ系が多く、ヤンキー漫画、ヤクザものあたりらしい。

この作品の魅力は後ほど語るとして、一番のポイントは「女もすなるBLといふものを、男もしてみむとてするなり」なんだと思う。ヤマジュンとか、田亀源五郎あたりのホモ・ゲイ漫画とBLはちがう、だけど男が男に感じるエロスや、後述するホモ漫画につきもの(というか、笑わなきゃやってらんねーよ)みたいなギャグ・男の嫉妬を高橋秀武は絶妙なタイミングでぶっ込んでくる。BLとホモ漫画の両立は男性作家から来たか〜とやや感無量。

舞台は青梅街道中野宿から少し離れた村。
漢方医の松庵は、雪の降る夜、喉を切られて倒れていた美しい男を拾う。
松庵は「おめぇさんが死人だったらよかったんだ……引き取り手のねぇ骸はいい銭になるんだよ」と言う。
出て行こうとする男に松庵は「生きた体にも使い道はある……冷てえ目だな。心だけまだ死んじまってるのかね……温めてやるよ」と言って抱いた。


松庵は、その男を「雪」と名付け、死体を作ってこいと言う。
雪はいろいろ迷ったあげくある男を斬り、戻ってくる。
「なぜ死体を持ってこなかったんだ?俺は、その首の傷をつけた相手を殺しに行くんじゃねぇかと、そう思ったんだ。だったら骸を焼いて証拠隠滅してよ、すっとぼけてとんずらしちまえばいい……そう思って」と松庵は胸の内を明かす。ずいぶん遠回りだが松庵なりの優しさだった。そして「俺が骸を焼くって言えばよ……おめぇは必ずまたここに戻ってくると……思ってよ」という下心もあったりで。

それに対して「骸は持って帰れなかった。だったらまた生きた体を抱いてもらおう」が雪の答え。


ややハードボイルドっぽいプロローグの「雪を松」。
いい滑り出しだ。

そして本編「第一夜」に入ると、松庵と雪の生活が始まる。
第一夜のテーマは結局「身体目当て」なんじゃないか?という腹の探り合い。
出会ってから三ヶ月が経った。
春の朝から目合い(まぐわい)、日中の診察が終わった後も雪を抱く。

ハードボイルドだった松庵先生の「地」が現れ始め、嫉妬もすごい。


「おめえさんにその傷をつけたのはどういう奴なんでえ?」
「妬いてるのかい」
「ええ左様ですよ、あたしゃ妬いてますよ!おめえさん俺と寝る前から男を知ってる体だったろう!?」
「馬鹿野郎、そうでもなかったら男の誘いに乗るかい」
「ああしれっと憎らしい!!」

「雪を松」では終始イニシアティブを取っていた松庵先生がおねぇ状態。

「おめえさん最初から俺の体目当てのくせに」
「左様ですとも!体目当てでございますとも!」と松庵キレる。

と言いながら雪の本心は「先生、俺はね、先生と飯食って先生と寝るこの暮らしがとても好きだぜ」なのだ。
このツンデレぶりが小悪魔っぽい。

首に傷をつけた昔の「兄貴」と出会い、復縁と、松庵を殺すことを持ちかけられた雪は、「兄貴」を刺してしまう。ところが「雪を松」とは異なって、骸になるはずの兄貴の命を松庵は救ってしまう。松庵は本心では雪を人殺しにしたくなかったんだろうね。

「先生、俺ね……ずっとここに居てえ……いいかよ……?」

第二話のテーマは、たぶんエロス。
診察を終えた先生に向かって男根を剥き出してにして誘う雪。


せっかくノってる最中に「おめえさんの兄貴のとどっちがいい?」と無粋な問いかけ。
男はこういうの、気にするから(笑)

「えっと……兄貴のほうがでけえかな」
「あいつやっぱり殺しちまったほうがよかったかな」
「でも先生のほうが硬ぇぜ……」

この辺のギャグのぶっこみ方は、ヤマジュンなんかよりもぜんぜん上手。
と言っても、「どちらのセックスが良かったか?」みたいな台詞をBLで入れるのは結構レア。このシーンは言葉責めじゃないから。わりと本音で訊いている。BLだとビッチ設定キャラではないかぎり、こういう比較はあまり見たことない。「リバ」すら嫌悪する腐女子が少なくないし、ここら辺は男・女のセックス観の違いなんだろうと思う。

松庵たちの暮らしている家を明け渡さなければならなくなった。
村から出て行くときは一緒について来てくれるか?との問いが、意外にも「やだ」


雪はこの家と生活を愛していた。
この生活を守るために、雪は地権者に会いに行く。


「支払いは俺の体だ」
文字通り体を張っての取引を申し出る。

代償に桔梗屋のオヤジと寝ることになったのだが……。

「おまえさんのその凛々しいものをあたしの醜い土留色に汚れた後ろに入れておくれ!」
「えっ、そっち……尻汚ねえ……」
とてもイヤそうな顔をするものの、二人の生活のために桔梗屋を掘る(笑)。

おまえはジ●ニーさんか!?と笑いがこみ上げてくるが、抱かれると覚悟を決めてきたらタチって欲しいと言われて当惑っての、こっちの世界では良くあることだが……ここら辺のシリアスからギャグへの切り替えが上手い。
地券を持って帰った雪は「先生、俺……ほかの男と寝てきちまった。俺……もうここにいちゃいけねえか……?」と問う。
抱きしめられて「先生の馬鹿野郎、惚れるじゃねぇか」と雪はつぶやく。

「先生、やっぱり好きだぜ、先生の体。先生のここ落ち着く、硬くてよく立つし」
こういう台詞は女性作家には難しいかもしれないね。

フェラチオする雪で第二話は終わる。
テーマはエロスだが、桔梗屋と寝て、家の地券は雪が正式に手に入れてきたわけだから、この場所(家)は実は雪のもの。「雪さん」という名前を与えられ「今いる俺はここで生まれたんだ。俺はずっとここにいる」と言う男は、体を張って居場所を作ったのだった。

第三話は、雪の過去の話。
色街に生まれて、女みたいな顔立ちをしていると言われ、母親の借金のカタに客を取らされた。
「女にされるのは嫌だった。そのうちここを抜け出して、俺も女を買う側になってやる、そう思ってた。俺は男になりたかった」。だから雪はヤクザになった。威勢がよくて荒っぽくて男らしいから。でもヤクザも厭になってしまった。「先生、俺ァ、男にも…女にも…なれなかったよ。俺は宙ぶらりんだ」。

宙ぶらりんのまま抱いてやる(=いまのお前を受け入れる)という松庵に、雪は「先生、先生よう…俺を離したら殺す」としがみついた。渾身の告白。


雪の前にヤクザ時代の仲間が現れる。
「兄貴」を陥れて、若衆頭の座を手に入れたい。「この世にはやられる奴とやる奴しかいねえのさ」と言うその男に向かって、「おめえら揃って、誰かになる事しか考えちゃいねえ…俺は…俺は、もう誰にもなりたくねぇんだ!」と雪は叫ぶ。

雪にとって、色子時代、そしてヤクザ時代は捨てたい過去だった。
松庵と出会って、名前も変わり、平穏な日々を過ごしている。
それでも過去は迫ってくる。

松庵も親を失い、故郷も分からない。「俺も宙ぶらりんだ」。
「一人ぼっちで宙ぶらりんじゃ淋しいからよ、きっともう一人欲しかったんだ。しがみついてるのは俺のほうかも知れねぇぜ……」

一人じゃ淋しいから。
宙ぶらりんは怖いから。
だから一人よりも、二人。

もしホモ漫画にストーリーがあるからば、もうとっくに追求されていたテーマなんだろうけれど、多くの場合、同性愛者の物語とは、家族(社会から切り離されているわけではない)から切り離された行きずりの人間二人が出会い、居場所を見つけ、共に生きてゆくということなのだ。ホモ雑誌ではせいぜい「出会い」までかなあ。BLでも巻数の関係でなかなかそこまで到達できていない。

「雪と松」の注目ポイントは、JUNEとか、ホモ漫画が語られていたテーマをBLの作法でリメイクしているしている点なのだと思う。ホモ漫画は残念ながら力量のある作家がほとんどいないから、どちらかと言えばJUNE寄りかなあ。JUNEはなあ、寄る辺ない魂が自らの居場所を求めて彷徨う、ヒリヒリする「痛い系」の物語。雪と松庵はともに宙ぶらりんで、確たる居場所を求めているし。ホモ漫画でないのは「雪と松」では「並の男みてえに、所帯を持ったりするんだろうなあ……」というあやうさがあることか。理屈の上では、松庵も雪も異性愛者として生きることは可能だということ。それでも「男同士」の二人が共に生きることの理由を求めてしまうのがJUNE・BLの世界だ。「俺は先生の囲い者でもいいんだぜ」と告げてしまう哀しさ……ホモ漫画ではなかなかここまで到達しない。

それにしても、現在のBLは「結局なにがテーマだったのか」という作品が少なくない。昔の宗教画がエロを描きたい口実であったように、BLは単に男の裸とセックスを描きたいだけじゃないのか?と思うことが少なくない。貶しているわけじゃないんだよ。しかし、BL業界が、コンビニで売られているような、いわゆる男性向けエロ漫画と同一視、同一ジャンル視されたら、それを素直に受け入れられないだろう。いままで何回かBL論を読んだが、男性向けエロ漫画と、BLは同じではないのか?という根源的な問いかけを見たことがない。JUNEまでは、成り立ちと作家・読者からして、たしかに男性向けエロ漫画とはちがうことは分かる(耽美は竹宮恵子からしてちょっと微妙)。だが、現在の「BL」は、フェミニズム系の言い訳を取っ払うと、(メイン)女の創作活動であること以外、なにを目指しているのか……よく分からない。そりゃ「人が生きるにも死ぬにも訳なんかねえよ」という松庵の言葉通り「BLを描くにも読むにも訳なんかない」のかもしれない。そもそもBLってなにか、について深く知りたいなあと思う。

1.絵柄
劇画調……と言えるのかもしれない。
少なくともBLとしては異色に分類されるだろう。
読み手を選ぶかもしれないが、少なくとも過去の「江戸時代物」BLの中でもっとも成功しているのではないか。
力強い線、大胆なコマ割。
時々挿入される和物らしいモチーフがいい。雪であり、松であり、波であり……動きはないのに鯉を添えることだけで雪の淫乱な雰囲気を醸し出せる力量はすばらしい。

雪が降った翌日の、冷たくて、清涼感に満ちた空気に出会うことがある。
血が飛び散ったりするのに、「雪と松」の画面は、どれも凛とした清潔感に満ちている。
これも特筆することだと思う。

2.ストーリー
「宙ぶらりん」な村医者と渡世人ふたりの物語。
美味しい食事やセックスの日常と、斬り合いの非日常が交互にあり、そして二人の男の間に情が育ってゆく様を丁寧に描いている。登場人物を絞り人間関係がシンプルなので、結果として主人公二人に思い入れできる。

本名を知っていても、過去を捨てさせるためにあえて「雪さん」でとおす松庵は、とても優しい男。

3.エロ度
女性作家と男性作家の「エロ」さを感じるポイントが確実にちがうことが分かっておもしろい。
雪は目がエロい、服を着ていてもエロい。こんなエロい雰囲気のキャラを描けるBL(女性)作家はあまりいない。
性器が描写されるのは1回(正確には2回)だけ。あとはのしかかっているか、引きで股間に顔を埋めている絵があるだけ。だが、背中だけでも雪のエロさは充分に伝わってくる。作家の描画力だと思う。

4.まとめ
雪は「ウケ」ではあるのだけれど、けっして「女」ではない。女性的な顔立ちだが、いざというときは体を張って松庵を守っている。だから「雪と松」はBLのお約束通り左側が雪、右側の松庵先生の方がむしろ女性的なのかもしれない。

「このBLがやばい」にランクインすることは確実だと思う。
続巻があるのが、ほんとうに嬉しい。

「雪と松」は読まなきゃ損!な作品だ。

絵柄 :★★★★★
ストーリー:★★★★★
エロ度 :★★★★★
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)

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