風のテラスKUKUNA

最近、某ゲイバーではご長寿カップルに認定された僕ら。
いや、別に老人枠という訳ではなくて、つきあって7年目というと尊敬のまなざしを受ける。
それくらい若手の多いバーで飲んでいるだけなんだが。

僕たちは毎年、お互いの誕生日に旅行することにしている。
今回は彼氏プロデュースで、河口湖畔の”風のテラスKUKUNA(くくな)”に滞在。
KUKUNAは評判の良い宿で、河口湖を眺めながら二人でグダグダ、いちゃこらするにはとても居心地が良かった。

KUKUNAはただいま全力でハロウィン中。












2016年10月22日はあいにくの曇り空で、富士山はほとんど姿を見せることはない。
僕たちは大浴場でのんびりお湯につかり、マッサージを受けて身体の疲れを取った。

帝国の慰安婦、そして続く嫌韓

朴裕河氏は、大日本帝国が戦争を始める前から公娼制度による売春施設がすでに存在しており、『アジア全域にあったとされる売春施設をすべて「日本軍慰安所」と見なすのは無理がある」と指摘している。

『「慰安婦」を必要としたのは間違いなく日本という国家だった。しかし、そのような需要に応えて、女たちを誘拐や甘言などの手段までをも使って「連れていった」のはほとんどの場合、中間業者だった。「強制連行」した主体が日本軍だったとする証言も少数ながらあるが、それは軍属扱いをされた業者が制服を着て現れ、軍人と勘違いされた可能性が高い。たとえ軍人が「強制連行」したケースがあったとしても、戦場でない朝鮮半島では、それはむしろ逸脱した例外的なケースと見なすべきだ。そういう意味では慰安婦を連れていった(「強制連行」との言葉が、公権力による物理的力の行使を意味する限り、少なくとも朝鮮人慰安婦問題においては、軍の方針としては成立しない)ことの「法的責任」は、直接には業者たちが問われるべきである。それも、あきらかな「だまし」や誘拐の場合に限る。需要を生み出した日本という国家の行為は、批判はできても「法的責任」を問うのは難しいことになるのである』(P,46)。

そして、長く引用するが、1965年の日韓基本条約締結の際、日本側から個人請求を残すことを提案していたにもかかわらず、韓国政府側が拒否したという事実がある。後々のことを考えていなかった韓国政府の政治的判断ミスであるし、とにかく個人補償の金を引っ張りたい韓国政府の事情もあったのだろう。しかし、個人請求の芽をつぶしたのは韓国政府であり、責任は重大だ。

『1990年代の日本の謝罪について考えるためには1965年の基本条約を、1965年の条約について考えるためには1910年の併合条約を考える必要が生じる。そして当時、植民地支配が法的に禁止されていなかった以上(もちろんそのときの「法」とは強大国同士の「了解」でしかなかった)、植民地支配によって被った精神的・身体的被害に対して「賠償」を要求できる根拠が存在しない、という問題が生じるのである。

基本条約に向けての韓国政府の要請は、植民地支配に対する賠償ではなかった。日本は日韓会談における非徴用者に関する会議のとき「補償金とはどのような性格のものなのか」と聞いている。それに対し韓国は「未収金は当時規定によって受けるべきものを受けられなかったものであり、補償金は生存者、負傷者、死亡者を含めて非徴用者に対する補償、すなわち精神的苦痛に対する補償を指すもの」と話した。つまり植民地支配全体に対する賠償要求ではなかった。

ところが、日本はこれに対して「この項目は私的な請求が殆どだと思うし、国交が回復し正常化すれば日本の一般法律に則り個別に解決する方法もあると思うが、この点に関してはどう思うのか」と聞いていた。つまり日本が主体となって個別に補償を行う方法を日本側は提示していたのである。しかしここでも韓国は「国が彼らに代わって解決しようとしている」と主張した。また非徴用者の補償金を巡って、日本は「補償とは国民徴用令第19条によって遺族扶助料、埋葬料などが支払われることになっており、工場に関しては工場法によって、軍人軍属に関してもそのような規定があるが、当時のそうした経緯に沿った補償を意味するのか」と聞き、韓国は「新しい基板のもとにそれに相当する補償を要求する」「他国の国民を強制的に動員することで生じた非徴用者の精神的・肉体的苦痛に対する補償を要求する」と答えている。それに対し日本は、「徴用時には日本人として徴用されたものなので、当時の補償のようなもの、つまり、日本人に対して今行われているものと同様の補償を要求するのか」と再度質問し、韓国は「新しい立場から要求する」と繰り返している。

「新しい立場」というのは、日本人としてではなく、韓国人としてもらいたいということだろう。それが、解放された民族としての妥当な主張であるのは言うまでもない。たとえ国家の頂点にいる少数が合意したとしても、求めないのに「日本人」になってしまったことにより被ったことに対する補償を求めたのだろう。

そして、このとき日本は「我々の立場は未払金が本人の手に渡されなければならない」とし「日本援護法を準用し個人基盤で支払えば間違いない」としながら、「個人に対する直接補償を主張」した。個人が被害事項を後から訴え出る可能性があるので、日本国が直接韓国の個人に補償するとしたものだったのだろう。

しかし、韓国政府はそのやり方を拒否した。すでに指摘されているように、当時の日本側には「徴用が強制動員だという認識がまったくなく、そのため、損害賠償をするべきだという意識もまったくなかった」のだろう。そのような認識が正しいかどうかは別として、日本が1910年の合併と国民動員を「合法」だと認識するかぎり、当然の発想だったはずだ。

実際に日本側は、「徴用者補償金に関しては(中略)精神的苦痛に対する補償を請求しているが、当時の韓国人の法的地位が日本人だったという点に鑑みて日本人に支払われなかった補償金は支払えないと考える。しかし死亡及び傷病者に対しては当時の国内法によって給与金が支払われたはずなので、未払いのものがあれば被徴用者未収金として整理されるはずで、その項目で検討したらいい」と話した。

つまり、日本は「元日本人」としての朝鮮人、過去の「日本国民」の枠組みを使えば、被害に対する補償は可能、と話していた。しかしキム教授が述べるように「請求権に対する両方の認識の差異」が生じたのであり、「韓国側は被徴用者の精神的肉体的苦痛に対する補償までを含むものと請求権を幅広く認識していたのに対して、日本側は日本の国内法によってすでに成立している権利のみを念頭に置いていた」のだろう。

こうした認識の差異は、時の日本政府に植民地支配に対しての謝罪意識がなかったことを示す。そうではあっても、韓国政府がこのとき日本の意見を受け入れて個人補償部分を残しておいたなら、ほかの被害者もそれぞれ「適法」な補償を受けることが可能だったかもしれない。しかし韓国政府はそうはしなかったし、これまで慰安婦や被害者たちがほとんどの裁判で負けた理由はまさにここにある。

日本政府を相手にした裁判がこれまでずっと敗訴してきたことに関して、韓国は、日本に謝罪意識がないことと捉えて非難してきた。しかし、韓国政府の訴訟が敗訴したのは単に「日本の贖罪意識がない」ためのことではない。すでによく知られているように、1965年で終わっていると日本が考えていることの背景には、このような事情もあったのである。個人の請求部分を、代わりに受け取ってしまって、日本に対してもはや個人請求をできなくしたのは、残念ながら韓国政府だった』。(P,185〜P,188)

で、問題は補償金の支払い義務が韓国政府にあったはずなのに、第二次世界大戦から50年後、日韓基本条約締結から30年間もその義務を履行しなかった韓国政府に大きな責任があるのではないか。これは韓国内の社会保障制度がまともに機能していないことが原因ではないのか??

『1990年代後半に、韓国政府は慰安婦として認められた者たちに4000万ウォン程度の金を支払った。そして2005年に日韓会談の文書を公開した後、改めて徴兵者の遺族や被害者たちに補償金を支給した。90年代の韓国政府支援金は、日本政府の基金を受け取らないことを前提とした日本への「対抗的性格」の支援金だったが、2000年代の支援金は日本が韓国政府に支払った植民地被害者に対する補償金を、個々人に支払ったものだった。

たとえ日韓協定時の日本に植民地支配に対する贖罪意識が明確に存在しなかったとしても、日本が個人被害に対する補償を行おうとしたのは間違いない。そして「慰安婦」という存在も、日本にとっては「後から現れうる個人」だった(「補償責任」があると認めた場合のことであるが)。植民地支配によるさまざまな問題が日韓協定時に議論されなかったのは確かだが、当時の補償金がそのような状況を想定して渡された金額であることは間違いない。

当時の個人請求権消滅責任が韓国政府にあったとすれば、日本の法的責任を問うのは難しい。そして(後述するが)、1990年代に行われたアジア女性基金の「道義的補償」は植民地支配によって生じたことを意識しての補償だった。

国家による精神的・身体的被害を補償する法、帝国の植民地支配による被害に対して補償するようにした法が、日韓協定当時存在しなかったのは残念なことである。しかし、それは他国を支配することを悪いこととは考えなかった帝国主義時代と、それに対する問題提起を十分にできないまま日本と国交を結ぶことになった冷戦体制を、日韓が生きてきた時代的な限界によるものだった。

そして2006年以降に、韓国政府が慰安婦を始めとする植民地時代の被害者に渡した支援金は、名前は「道義的補償」でも、内容的には1965年の条約のとき日本から受けたお金を遅ればせながらも個々人に渡したことになるのだから、実質的には法的責任を全うしてことにもなる。

何よりも、訴訟者の被害者団体の賠償要求の根拠は「強制労働」と「人身売買」であり、それが当時の国際法に違反するものだということにあった。しかしそのことを「直接に」犯した主体が「業者」だった以上、日本国には、需要を作った責任(時に黙認した責任)しか問えなくなる。そういう意味でも、法的責任を前提とする賠償請求は無理と言うほかない。』(P,190)

朴裕河氏は、帝国主義と人権(狭くは女性の人権)問題と捉えているが、こと「補償金」に関して言えば、問題の原因を作り出した責任の多くは韓国政府にあるのではないかと僕は思う。もともと日本政府に対する個人請求の手段を残しておくべきだった。日本政府から預かったお金はさっさと支給しておくべきだった。

法的責任が問えなく(抵挺協の主張する「強制連行」が誤りである)、「道義的」意味での補償プログラムだったアジア女性基金を妨害した抵挺協とサヨクの政治活動の問題は韓国内の国内問題である。そして昨年末の慰安婦問題日韓合意にて『慰安婦問題を含め、日韓間の財産・請求権の問題は1965年の日韓請求権・経済協力協定で最終的かつ完全に解決済みとの我が国の立場に変わりないが、今回の合意により、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に」解決された』と安倍首相が述べているように、もはやすべては韓国国内の問題となる。慰安婦に手紙を出せ、出す気は毛頭ないという日韓対立は、韓国政府が自分のやるべきことを自力で成し遂げていないから生じたわけで。

覆水盆に返らず。
韓国人と、韓国政府にはよくよく理解してもらいたいと思う。

2016年10月13日の聯合ニュースで、
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韓国の国会外交統一委員会は13日午前、外交部に対する国政監査を行ったが、沈載権(シム・ジェグォン)委員長が冒頭、旧日本軍の慰安婦問題をめぐる昨年末の日本との合意の無効を主張し、与党セヌリ党所属の議員全員が抗議して退場、監査が一時中断した。

 最大野党「共に民主党」所属の沈委員長は「まだ被害者の痛みと傷を完全に癒やせる解決策を見いだしておらず残念」とした上で、「合意の無効や『和解・癒やし財団』の解体、慰安婦問題をめぐる韓日政府の全面的な再交渉を要求する」と主張した。
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が伝わってくると、韓国人の言う日本のネトウヨからは非難の声が上がる。

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20: ジャンピングDDT(チベット自治区)@\(^o^)/ [LV]:2016/10/15(土) 21:21:37.25 ID:jAvbfUtg0.net
>>15
朝鮮には契約も条約も無いんだよね

彼らは全てを序列で判断するから、序列が上なら下に何を要求しても良い、
逆に下の場合、何を要求されても喜んで応じないといけない

そして、日本は韓国の下位の存在だから、
それを「知らしめる」必要があるというロジック
これが韓国の「反日」の本当の原因であって、歴史問題ではないんだよな

22: ダイビングエルボードロップ(静岡県)@\(^o^)/ [ニダ]:2016/10/15(土) 21:24:10.62 ID:SpRn9C1q0.net
言いがかりを金で解決したら
言いがかりで金がもらえると勘違いした

30: ジャンピングエルボーアタック(長野県)@\(^o^)/ [US]:2016/10/15(土) 21:32:45.42 ID:qkZIWC0c0.net
連中の脳の中には
世の中の人間は全て加害者と被害者しかいないことになってるのか
 
33: ジャンピングDDT(チベット自治区)@\(^o^)/ [LV]:2016/10/15(土) 21:36:26.16 ID:jAvbfUtg0.net
>>30
その通りなんですよ、冗談抜きで
朝鮮人の中では「甲乙」と呼ばれる概念がある、
これは序列の上下を表すもので、
甲(序列が上)は乙(下)に何をやっても良いという事になっている

そして朝鮮人は自らを「甲」だと考えている訳だ

53: ダイビングヘッドバット(家)@\(^o^)/ [DE]:2016/10/15(土) 22:04:26.36 ID:dbSXn/f40.net
兄が困っているのを見て見ぬふりできる日本人ではあるまい
ここは日本が率先して再度交渉のテーブルに
着くべきではないだろうか?
 
54: キン肉バスター(家)@\(^o^)/ [NO]:2016/10/15(土) 22:06:46.86 ID:JdfLcnKN0.net
>>53
韓国に帰れキムチ野郎

77: ジャストフェイスロック(茸)@\(^o^)/ [CN]:2016/10/15(土) 23:17:44.33 ID:kW5ZRUw+0.net
遡及なし、不可逆という言葉を理解できる知能はないのか?
つけあがらせるだけだし、交渉の余地はない
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こういう事例が積み重なるから、日本人からは韓国人は、約束・条約を守れない人間、時系列で物事が考えられない(不可逆的に解決)人間、自分たちで約束したことを実行できない人たちと見下されるようになる。嫌韓感情というのは歴史問題から生じたわけではなく、今現在進行している韓国人の振る舞いに対する日本人の嫌悪感、拒否感ということが理解されるようになると、もう少し議論が進むと思うのだけどな。

ボブ・ディランがノーベル文学賞かぁ……

フォークソングを聞いていると、異邦人の僕はちょっと不安になる。

なんというか、茫洋として、捉えようのない国アメリカという不安感?
なぞめいた国?

もういまさらアメリカに行きたいとも思わないけれど、たまに二十代の時に訪れたテキサスの日々を思い出すよ。

『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』を読了

一通り読了。
まいったな……ちょっと整理しないと感想を書くことは難しいな。

その前に、最近こんな新聞(ハンギョレ)記事が掲載されて、一部で話題になっている。

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多くの日本人が、韓国には「反日」があるではないかと反論するだろうが、韓国の反日には日本の嫌韓のような他の民族に対する差別・蔑視・呪いの感覚はない。韓国人のほとんどが日本人の誠実さや勤勉さを尊敬しており、毎年ノーベル賞受賞者を出している日本の基礎科学の底力に驚嘆している。反日感情が噴出するのは、日本が過去に犯した植民地支配と侵略の歴史に対し、正しく謝罪する姿を見せないような印象を与えるときくらいだ。過去の歴史的経緯を見ても、韓国は日本を侵略して殖民支配したことも、言語や文化を奪おうとしたこともない。また、首都に大地震が発生した際、怪しそうな人に「15円50銭」と言わせて、正しく発音できなかった人を虐殺したこともない。

[記者手帳]日本の嫌韓と韓国の反日(ハンギョレ)
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朴槿恵の「加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」という演説は、日本では呪詛だと捉えられている。韓国ウォッチャーが列挙した「原爆は神の懲罰」「震災を祝います」などなどを、これが呪詛でないとハンギョレが言うのならば、かの国の呪詛とはどんなにおどろおどろしいものなのか想像もつかない。

朴裕河氏は著書の中で『韓国は「道徳的に優位」という正当性による「道徳的傲慢」を楽しんできた。「被害者」に対しては疑問を提起しない』。『傲慢は、想像力に乏しい。そしてそのような傲慢と糾弾は相手をかえって萎縮させる。そういった道徳的志向性が、相手の屈服自体を目指す支配欲望のねじれた形になったこともしばしばあった」と指摘している。韓国メディアによる日本蔑視、呪詛の記事を読んでいると、朴裕河氏の指摘のように、韓国人は道徳的傲慢をいまも娯楽としているのだなと感じる。

朴裕河氏は、慰安婦とは「第二次世界大戦中に二十万人のアジアの少女たちが日本軍に強制的に連行されて虐げられた性奴隷」であるというイメージは誤りであると指摘している。慰安婦を必要としたのは日本軍であれど、実際に慰安婦を集め、管理し、客を取らせていたのは慰安所の経営者たちである。劣悪な客のとらせ方をした、殴るなどの暴力を振るっていたのは慰安所の経営者たちであるとしている。軍が女性狩りをしたという吉田清治の著書は嘘であることはすでに明らかになっており、二十万人の少女が連行という主張も、挺対協が初期に女子挺身隊と慰安婦を混同していたからだ、と指摘している。

彼女は慰安婦とは「第二次世界大戦中に二十万人のアジアの少女たちが日本軍に強制的に連行されて虐げられた性奴隷」という挺対協が作り上げたイメージは誤りであり、それを訂正し、韓国国内を含め広報してこなかったことが問題だとしている。

僕が思うに、この問題を日本人の立場では韓国政府、挺対協、そして一般の韓国人がこの誤ったイメージを現在も世界中に撒き散らしており、韓国人の主張する慰安婦イメージは誤りである以上、韓国の主張は受け入れることができない。日本人からすれば挺対協のイメージを受け入れることは冤罪で死刑台にあがるようなことだ。だから慰安婦問題に日本人は強く反発する。韓国人は日本人を悪魔化しすぎた。ハンギョレ新聞の記者には理解できないのだろうが、日本人の嫌韓は道徳的云々は一切関係ない。日本人を悪魔化する韓国人が嫌いである、こっちに来るなという反発だ。

慰安婦問題は「軍人に性奴隷にされた女性」というショッキングな内容だから、韓国の活動家らは道徳的・宗教的・人権意識の高い欧米のリベラルとは連帯しやすかっただろう。そして大国が好きな韓国人の感性からすれば、欧米の列強とつるんで「道徳的に優位」な立場から日本を攻撃することは大いに鬱憤を晴らすことができただろうし、日本を貶めるのは韓国の国益にも合致していたから間違いを止めるどころか、大統領自ら後押しすらした。そういう国民的娯楽としての反日、蔑日、卑日のシンボルとして誤った朝鮮人慰安婦イメージで日本を悪魔化し、屈服させようとしたから話がおかしくなった。

朴裕河氏は、ソウルの日本大使館前に建てられた少女像……は、挺対協のイメージする慰安婦像であり、実際の慰安婦たちの実像とは異なるものであるという。挺対協の主張に沿った証言だけが取捨選択され、1つのイメージに落とし込む過程で真実が隠蔽されてしまう。そのイメージに対し異論を唱えることが許されない韓国社会を、朴裕河氏は憂慮している。ここら辺はシンシアリー氏が時々指摘していたような気がする。


この像は挺対協のイメージする慰安婦だ。
「挺対協のイコン」であって、彼らの活動記念碑に過ぎない。


挺対協のイメージよりも真実に近い「帝国の慰安婦」の実態はどうだったのか。
そこを明らかにしないことには、何も前進しないだろう。

※『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』は千田夏光の著作からの引用が多く、捏造資料からの引用は無意味だという主張があるかもしれない。それでも朴裕河氏は挺対協のイメージが実際の慰安婦とは異なっていることを説明しようとする姿勢は評価されて良いのではないかと思う。
※『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』は、植民地化された民族が否応なく帝国主義への協力・貢献を求められる中での、慰安婦となった朝鮮人女性という切り口で描いている。自発的に慰安婦になった者、親に売られた者、家出少女、騙された者など、もともと経済的に貧しい女性たちが慰安婦になった。慰安婦を集め、管理、運用したのは慰安所経営者であった。慰安所経営者には日本人・朝鮮人の両方がいた。だから同胞をセックスワーカーに堕とし、金儲けをした朝鮮人の存在を無視することは欺瞞である。日本軍は「強制連行」という関与は行っていなかったが、健康管理、移送などでは間接的に関与していた。帝国の拡張(=戦争)遂行の上で慰安所を必要とした以上、日本は道義的な責任は免れないというのが朴裕河氏の主張。一方で慰安婦に補償を与える「法律」(軍人だとさまざまな補償がある)がない以上、日本に法的責任は問えないとも指摘してる。
※帝国主義を問題視しているが日本の帝国主義のみ強調している印象はある。特に他の帝国主義国家の公娼制度の説明が随分あとになって記述されるのは、やや作為的だとも思う。また、フェミニズム的視点は戦後随分手前になって一般化されたものであって、なんでも男女の対立軸で分析するのもどうかとは思う。よしながふみの男女逆転「大奥」のように、女性が世の中を取り仕切っていたならば「慰安夫」問題が発生した可能性はある。あまり男性を悪魔化するような議論は避けたいところだ。
※朴裕河氏はしばしば植民地支配への補償を記述するが、それこそ日韓基本条約で終わった話であり、1965年当時反共政策、冷戦構造があろうとなかろうと蒸し返すのは無理筋だと僕は思う。

思いつきで出馬した鳥越だったって?


こんなインチキ野郎を担ぎ出した民進党に、責任政党の資格はないだろう!
この件、民進党はどうやって落とし前つける気なのだ?

僕はサヨクは評価しないが、それでも宇都宮健児の方が100倍は都政のことを考えていただろう。

なんだよ、思いつきで都知事選に出馬って。
こんないい加減な野郎に投票した有権者はバカとしか思えないよ。

大災害が起こったとき命を預けることになる行政のトップに、こんないい加減な野郎を就けようとするなんて、自殺行為にしか思えない。

まともな有権者のおかげで小池都知事が就任したが、現行(=与党)が変わることしか考えていない、現行が変わればすべての問題が片付き幸福が訪れるなんて妄想しているサヨクとマスメディアは、自壊したほうがいい。君たちの実現しえない妄想が、問題を拡大しているのだから。

帝国の慰安婦は引き続き読書中。。。。

『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』を読む前に

僕は朝日新聞を信用していない。
デマと捏造をちょくちょく流す問題メディアだと思っている。
風評被害?営業妨害?
僕は「サンゴ汚したK・Yってだれだ」(朝日新聞珊瑚記事捏造事件)と、最近だと「吉田調書事件」をリアルタイムで目撃したからさ。ああいう嘘記事を書いてしれっとしているメディアを誰が信用できようか。自分たちの「プロダクト」に責任を持たず、虚報、誤報だという訴えに対し誠実に向き合わない体質の企業は本来は社会から排除されるべきなのに、まだ生き残っているのか、と半ば呆れている。

その朝日新聞が関係しているハフィントンポストも、これもまたある種独特のバイアスのかかった気持ち悪さがあって、あまり触らないようにしていた。あの朝日新聞が絡んでいるのだから、とんでもない「角度」をつけられていることもあるだろうから。

たまたま。
本当にたまたま、朴 裕河(パク・ユハ)世宗大学教授の記事を読んでしまった。
これがなかなか興味深い。

彼女は現在著書「帝国の慰安婦」に関して名誉毀損で訴えられている。

「それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由」の中で、彼女はこう書いている。

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言ってみれば同様に戦争に動員されたのに、慰安婦のための法は存在しませんでした。(帝国)国家は男性を戦争に動員し、男性のための「法」は準備しましたが、女性のための法を作らなかったのです。そういう意味では慰安婦問題で日本の補償と謝罪は必要ですが、それを問うための法自体が存在しない事実を見過ごすことはできません。もちろんこれは、近代国家のシステム自体が男性中心だったからです。

したがって、日本に対し「法的な責任」を問いたくても、その根拠となる「法」自体が存在しないというのが私の考えです。「法的責任」を問うには、まずそこに返って議論しなければなりません。その意味でこの問題は、韓国が要求する問題というより、むしろ日本が主体的に考えるべき問題です。

同時に、「法」という概念がそもそも国家システムを支えるものだけに、国家を代表する「法」にこだわる発想が、倫理的な解決にどれほど役立つのかも議論されるべきでしょう。「法」は、時に気持ちがこもることもありますが、この問題をめぐる「法律論争」が、おおむね謝罪の気持ちを持っていた90年代の日本国民を完全に無視したことも念頭に置くべきです。国家と国民と謝罪の関係についても問わなければなりません。それは「1965年に補償は終わった」と主張する日本政府や、「個人の請求権が残っている」と主張する韓国政府がともに再考する問題でもあります。

韓国が主張してきた「法的責任」要求の問題の一つは、90年代初めに慰安婦問題の本質を「少女の強制連行」と考えていたときに提起された主張だという点です。その後20年余りの間、慰安婦問題について新たな知識が多数生じたにもかかわらず、最初の要求が全く変わっていないことへの説明も必要です。

新たに明らかになった事実とは、問題を提起した韓国の支援団体が、挺身隊と慰安婦を勘違いしていたこと、業者が軍隊と慰安婦を媒介したこと、村山談話が実は、自民党の戦後処理についての思考につながっていたこと、韓国には責任回避の「小細工」としか理解されなかった「アジア女性基金」が、実は河野談話と村山談話の精神を受け継いだものだったこと、その基金から「償い金」を受け取った元慰安婦が60人もいること、日韓国交正常化の時、日本は個人への賠償を残しておこうと提案したのに、韓国政府が代表して受け取ってしまったことなどです。もちろん、これらすべてを考慮しても、女性たちに「地獄」を経験させた責任が日本帝国にあることは言うまでもありません。問題は、どのような形で謝罪と補償をすれば、これらすべての事項を念頭に置きつつ、両国民の理解と合意を得られるかという部分です。これまでの主張や拒否は、いずれもこの部分への注意を払っていませんでした。
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この問題を韓国内で議論するために、帝国主義とジェンダー(?)を持ち出さざるを得なかったのだろうな、と推測しつつ、彼女ですら韓国人的な情緒・思考から逃れることはできないのだろうという部分を差っ引いて、できる限り綺麗に内容をクリーニングしたら有益な議論が見つけられるんじゃないか……。そう期待して本を買ってみた。

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韓国に純真無垢な少女像を定着させたのは、韓国の慰安婦運動を率いてきた支援団体です。大事なのは20年以上経ち、新たに判明した事実が、少しずつ運動と展示に反映されながら、そうした認識の変化がメディアで公式には明らかにならなかったことです。

(中略)

にもかかわらず、そうした状況はきちんと認識されず、韓国の運動は世界へと領域を広げ、1億人署名運動、記念碑建立、韓国政府の閣僚や大統領が世界に発信した日本批判によって拡散しています。問題は韓国の広報専門家、サイバー外交使節団、歌手、女性部ホームページまで巻き込んだ活動が、必ずしも正確な情報のみに依拠していないという点です。

(中略)

2014年1月にフランスで開かれ、日韓間に摩擦を生んだアングレームの漫画展は、そのような日韓間の現状を端的に示した出来事でした。

韓国は日本の反発を、ただ謝罪意識がないからだとしか思いませんでした(実際にそういう考えの人はいなくはないようですが)。しかし反発の根源は、慰安婦についての表現に、事実とかけ離れたものがあったからです。にもかかわらず、アングレームの展示はソウルの中心部で展示され、多くの学生らに観覧されて日本に対する敵愾心を育てています。
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これから本を読み進めていく上で、僕は朴 裕河氏を「話のわかる韓国人がいるじゃん」と思うことはないだろう。
おそらく真相は「日本軍に強制連行された純真無垢な20万人の少女」と「すべて金目当ての売春婦だ」という主張の間ぐらいにあるのだろう。
それを修正するチャンスはあったのにしなかったのは、日本にうっぷんばらしをしたい韓国人の心理、ジャパンディスカウントと国是としていた韓国政府の思惑、挺対協に絡む北朝鮮と中共の思惑、日本国内のリベラルと名乗る反体制・コミュニスト・一部の外国人らがうごめいていたこともあるのだろう。朴氏の指摘する「反発の根源は、慰安婦についての表現に、事実とかけ離れたものがあったから」というのはその通りで、日本の右派が態度を硬化させているのには韓国側の主張に度外れた嘘と誇張があり、それが日本に大変な不利益をもたらしていると考えているからだ。「日本軍に強制連行された純真無垢な20万人の少女」しかも「彼女らは性奴隷にされ、虐殺されて命を落とした」と韓国人が喧伝するほど、日本からは韓国人は嘘つきだと言わざるを得なくなる。そもそも「慰安婦問題」になんの手を打つべきなのか、という議論にならず、両国の世論に板ばさみになった政府は身動きが取れなくなる。

朴 裕河氏はセウォル号の悲劇について「韓国社会の価値観が一つに集約された結果として引き起こされた、あまりにも脆弱な社会構造を見ました。そしてこの問題を巡っても、韓国社会は分裂と混沌の様相を見せています。慰安婦問題をめぐる状況がセウォル号の悲劇をめぐる状況と無縁ではないと考える」と述べている。

僕はあの事件を見ながら、無責任な社会運営、数字がコロコロ変わる不正確な情報伝達(発表)、冷静さに欠け扇動されやすい人々、分裂する世論、被害者が王様になってしまう歪な思考、「救助が早く進むと思った」という善意から発した「船内からの偽メール」(善と考える目的遂行のためには嘘は許容されるという考え方、行動様式)、テレビの前に立つ虚言癖の女、責任者に水をぶっかけ叫ぶ人々などなど、「This is Korea」に絶句した。たぶん、韓国社会は他の世界には類のない、思考と行動に支配された人々の暮らしている場所なのだろう。


「帝国の慰安婦」というタイトルを見たとき、僕は直感的に思った。
彼女は帝国=帝国主義=大日本帝国という図式で語っているのだろうけれど、もともと女性を大切にしない腐れて崩れ落ちた大韓帝国という問題、責任は語っていないのだろうなと。

どちらにしても、まずは読んでみてからだ。

リアル地獄の後始末

で、鉄輪を後にした僕の手の中には、ガラスのくだけたiPhone6があった。
メールを掘り返すと、2年縛りの無料更新期間は今年の7月〜8月末の2ヶ月だった。
じゃあauで機種変するしかないなあと結論を出した。

別府市内のauショップに立ち寄ってみたが、在庫は全くない。
スタッフにすぐにiPhone7を手に入れるには、どこへ行ったら良いのか尋ねると「量販店にでも行ってもらうしか……」という頼りない答えが返ってくる。

auショップ近くの別府公園は、緑豊かな美しい場所だった。
竹林をそぞろ歩きたかったが、僕が向かうべきは家電量販店だった。

で、それから1時間後、僕の手の中にはiPhone7があった。
コンセントの使えるカフェに居座り、プログラムを書こうと持ってきていた私物のMacBook ProにiPhone6のバックアップをとった。それをiPhone7に復元したら、写真等々しれっと元に戻った。

これがガラスのくだけたiPhone6。
auの下取りプログラムだと画面割れは引き取ってもらえるらしいので、それに期待してる。
とんだ別府土産話になってしまった。


14:47に別府駅を出発する空港ライナーに乗車した。
なんか疲れてしまって、ぼんやりと車窓を眺めていたが、高速道路に乗る頃には雲が切れて、やわらかい日差しが差してきた。こんな空の下で過ごしたかったな、と色を取り戻した風景を名残惜しむ。

大分空港を16:50に出発した飛行機は、スイッと飛び上がった。
ソラシドエアの機材だそうだが、まだ新しいボーイングの中型機で、シートも内装もきれい。

窓の外は薄いビンク色から、淡い橙色に変わり、紫がかったと思ったら、すぐに深い闇に包まれる。
彼氏は仕事をしながらこんな光景をいつも見ているんだろうなぁ、と思った。
いや、「仕事してるんだから、景色なんて見ている暇はないよ」彼氏はそう言うにちがいない。
彼氏のことを考えていたら、今月の彼氏との旅行の予定が気になってしまった。

飛行機は順調に東へ向かって飛行し続けている。

別府温泉地獄巡り 自力で超高速地獄巡り(後編)

かまど地獄のあとは、まるで消化試合のようだった。

鬼山地獄……ワニの養殖場か???
訪れたのがちょうど10時で、「これからワニに餌やりま〜す」と呼び込みをしている。
餌やり係の前で滾るワニたち。





割とどうでもよくなって、早々に退散。

そして白池地獄。
地獄というには「登別カルルスの湯」みたいな感じ。
ここも熱帯魚の養殖場みたいになっていて、色々と微妙。



朝は小雨がぱらつくあいにくの天気だったが、真夏のカンカン照りの地獄めぐりは熱くて熱くて、それこそ地獄なんだとか。それに比べればまだマシだったようだ。

こうして僕の地獄めぐりは終わった……って、帰宅して共通チケットを見直したら「坊主地獄」を抜かしていたことに気づく。
コンプリートならずかっ!!!
くやしいなーと思う反面、あの時は結構動揺していたんだろう。
DoCoMoへMNPか、auで機種変か、どちらが得なんだろうかなんてことで頭がいっぱいだったから。

白池地獄を出て、道なりに坂道を下って行くと、鉄輪交差点に出る。
交差点から血の池地獄へ続いて行く道を500mくらい歩くと、東鉄輪というバス停がある。
ここに立つと、町のあちこちから湯煙の上がる鉄輪らしい風景を見ることができる。
「湯けむり展望台」まで遠征できなくても、雰囲気は楽しめると思う。


鉄輪発11:00のバスに乗って、別府駅西口を目指した。
ホテルを出たのが7:30だったので、アクシデントがあったり、後半の地獄は適当に流しただけではあったが、地獄めぐりは2時間30分ほどで終わったことになる。本当はもっと落ち着いて、晴れていたらたくさん写真を撮ったりしたかったのだが。

これもなにかの縁、導きだったのだろう、と思うことにした。

別府温泉地獄巡り 自力で超高速地獄巡り(中編)

亀の井バス26A系統は鉄輪を経由して、みょうばんクリニックという場所へ向かうらしい。
鉄輪で二人連れの客が現れて、僕を含めて3人が鉄輪を出発した。

海地獄入口にはすぐ到着した。
別府地獄巡りで一番有名な地獄というわけで、期待に胸が高まる。

入口の大きな看板にiPhoneのカメラを向けたとき。

人間は時々ばかばかしいことを考えているものだと、その後思った。

母親が口癖のようにいう。
「最近、頭から離れないのよ。あの、『つっるーん』てコマーシャル」。
松田翔太と出川哲朗の、あのCM。

僕の手からこぼれ落ちて行くiPhone6。
つっるーんんんんんんん!!!
そして、スローモーションのように左角からアスファルトに突っ込んだ。

じ、地獄きたー!!!!
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!


液晶を下にバッタリと倒れ伏しているiPhoneを拾い上げると、バキバキに割れた液晶が……。

リアル地獄きたー!!!!
うあ゙ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゙ぁあぁ゙ああぁぁうあ゙ぁあ゙ぁぁ

別府地獄はまぢ鬼じゃあぁぁぁぁ!!!!!


重傷を負ったiPhone6だけど、それでもまだ機能はしている。
液晶ボロボロのiPhoneを叱咤しながら、海地獄へ向かう。

感想なんか覚えてないぞー。







海地獄を出て、温泉で蒸し上げたプリンを食べたが、呆然状態。
プリンを崩すスプーンを持つ手が震えとる。プル((,,´Θ`,,))プル
やばい、精神的にやられとる。

そのままふらふらとかまど地獄へ向かう。
地獄巡りを始めたら、最後までやり遂げるんだ。
ああ、タヌキがにくい!
タヌキにゃ罪はないが、ボロボロとガラスが崩れ始めたiPhoneをいじっていると、悲しみがわき上がるんじゃ!
この悲しみと怒りを、どこにぶつけたらいいんじゃ???



新宿二丁目の鬼なら何人か知ってるぞ。
かまど地獄は、泥がボコンボコンとわき上がっていて、地獄っぽくていい。
スタッフがタバコの煙を吹きかけると………





白い煙が噴き上がっておもしろい。
ドヤ顔のスタッフがおもしろいが、今時タバコの煙を吹きかけるというのがなんとも昭和くさい。

血の池地獄のような赤い熱水池もあり、こちらも煙を吹きかけると、まるで魔物がリアクションしているかのような白い煙が上がるのでおもしろい。泥よりもこちらの方が分かりやすいかも知れない。




足湯は老若男女で盛り上がっている。
ピータンの温泉卵を食べるもよし。
「毎日が地獄です」団扇は、海地獄よりもかまど地獄の方が10円安いのは豆知識な。

別府地獄シリーズの中ではかまど地獄が一番おもしろいと思う。

別府温泉地獄巡り 自力で超高速地獄巡り(前編)

支那人の女が夜遅くまで廊下で騒いでいて眠れなかった。
悪気があるのかどうかは知らないが、海外に出る前に10年マナーを学習して欲しい。
静けさを愛する国で、騒音を巻き散らかさないで欲しい。

そんな支那人に悩まされながらも、僕は別府温泉地獄巡りのプランを立てていた。
一番楽なのは亀の井交通の観光バスに乗ること。
足つき、入場料込みで3600円程度で安いと思う。
しかも所要時間は2時間30分程度だという。
ただお土産屋に寄ったり、鉄輪の町を歩いたりはできない。

パターン2は観光タクシーでお大臣な地獄巡り。
いいねぇ〜大人の観光で。

で、僕が選んだのは、路線バスを乗り継いでの超高速地獄巡りだった。
パンフやWebサイトを調べて、作戦を立ててから眠りにつく。

翌朝、早起きして大浴場で朝風呂に入った。
レストランが開くとすぐに食事を摂った。
今日はやや食欲があった。


8:01別府駅発亀の井バス26系統で、直接血の池地獄を目指す。
30分弱で血の池地獄に到着。
スマホで「別府地獄組合」のWebサイトを見せると、共通チケットが1割引で買える。
いい響きだねぇ〜地獄組合。(w

チケットを買って血の池地獄に入ろうとしたら、モギリのおばさんが「もうすぐ龍巻地獄が吹くから、先にそちらに行ったら?」と言う。「ありがてぇ〜地獄に仏とはこのことだ!」と思った。龍巻地獄へすっ飛んでいくと、もう吹き上がっているという。


ドバッ、ドバッ、ドバッと吹き上がる間欠泉。
間欠泉の覆いがなければ30m位の高さに及ぶんだとか。



10分ほど吹き上がって、ジョボジョボとキレの悪いおっさんのおしっこのようになって終わる。いったん収まると次の放出まで40分ほど待つという。

あらためて血の池地獄へ。
「地獄の入口」というサインがいい味を出しているねぇ。


お土産屋を抜けた先に、真っ赤な熱水をたたえた池がある。
これが血の池地獄。



まだ8時台で、来客もまばら……というか、誰もいない。
無料の足湯もある。「出血大サービス」だそうだ。



血の池地獄なう!!
Twitterが徐々に息絶えようとしているいま、「なう!」もいい感じで死語だ。

血の池地獄を出てきたとき、8:55だった。
血の池地獄前バス停を9:00に26A系統のバスが通過する。
これが非常に都合の良いバスで、海地獄入口まで連れて行ってくれる。

自力で超高速地獄巡り。
すでに2地獄をクリア!
なかなか幸先の良いスタートを切った気がする。

僕は幸せだった。
このあとに、恐ろしい地獄が待っているとも知らないで。

別府市内に滞在しています。

亀川行き2両編成のワンマンカーを降りると、そこは別府だった。
国内有数の温泉地であることは間違いないが、下車した乗客はそれほど多くなく、あっという間に散っていった。

「ピカピカのおじさん」というけったいな銅像があって、それは油屋熊八という亀の井ホテルの創業者なんだとか。
とにかくすごいインパクトの像だったわ。


ピカピカのおじさんから逃げるように緩い坂道を下って行く。
途中にレトロな建物があって「駅前温泉」という看板が掛かっている。


ちょっと良い感じだったので写真を撮っていると、脇にいたおばさんが「これは有名な建物なんでしょうか」と尋ねてくる。自分は旅行者だから知らないと答えると、「私はとても気に入って泊まったんですが、こんな汚い場所に泊めやがってと旦那がキレてしまって……」と彼女はぼやく。そんなこと僕に言われてもねぇ。


適当に女性を放置して、今夜の宿にチェックインする。
昨日に比べると部屋は狭いが、明るく、木材を多用しているので、あまり狭苦しい感じはしない。コンパクトで、機能的ならば、それはそれでビジホは悪くない。


スーツを脱ぎ、大浴場で汗を流してから、フラフラと別府の町を散策した。


古ぼけたアーケード。古い温泉街。
昭和レトロとしか言いようのない、時間のよどみに埋もれている。

海沿いの公園でスケートボードに興じる少年たち。
係留されたヨットのマスト群と、その横を猛烈な速度で走り抜けて行く車列。
海に近い町で生まれ育ったら、僕はどんな人生を送っていたのだろう。
そんなことを考えながら歩いた。

18時にならないと開店しない飲食店群の間を散歩しているうちに、明るいうちから客が集まっている寿司屋を見つけたので入ってみる。「はじめ寿司」という穴子の握りが一押しらしい。

常連客と大将が楽しそうに話している店は、一見客は冷たくされることが多い。だが、幸いにもやさしく取り扱ってもらった。ビールをちびちびやりながら、握りと1本丸ごと穴子寿司を楽しむ。一本穴子は江戸前とは違って、パリッと焼き上がった皮からアロマが立ち上がって、僕は気に入った。




最近趣味の釣りのためにクルーザーを買ったという社長とその奥さんが隣席にいて、少しおしゃべりすると「あんたを気に入った」とおっしゃり、切らせたばかりのシマアジの刺身を食べろ食べろと分けてもらったり、アラの煮付けを勧められたりと、ずいぶん親切にしてもらった。

「楽しかった、また別府に来たらお邪魔します」
「シマアジごちそうさまでした」と礼を言って店を出る。


店主には店の外まで見送られた。
もらった名刺には穴子のたれのシミのようなものが着いていて、なんかほっこりした。

帰り道に別府タワーに登ってみた。
「真実の口」を訪ねない間はローマに未練が残ったことを覚えているから、別府タワーに登っておけば、北浜に未練は残らないだろう。薄暮の別府湾と、湾を縁取るテールランプの列は、想像していたよりも美しかった。





疲れたから、今夜は早く寝ることにしよう。