新宿二丁目には、色恋沙汰に悩む男たちが集うときがある。
昨夜、台風の余波で強い雨が降る中、彼氏と一緒に白ワインをグビグビと飲んでいた。月曜日、悪天候だというのにカウンターは満席だった。お通しに茸のソースがかかったハンバーグを突きながら、僕らは"ブロークバックマウンテン"を眺めている。
ゲイバーのカウンターといえば、音楽やファッション、舞台、アートなんかの話で盛り上がることもある。だけどこれは好みと知識の差があるから、誰でも話題に入ってこれるわけではない。だけど、色恋の話となったらみんな喰いつく。最大の関心事だから。20代、30代、40代、さらに50、60代と年代の全く違う男どもが集って、現在進行形で恋の悩みを吐露している光景は、ノンケの世界からみれば「キンモー☆」なんだろうけど。
「ね、ちょっとこれみてよ」と僕の隣に座った某ノンケがケータイを差し出す。
「なになに」と僕と彼氏がのぞき込む……「うわー、大変なことになってるね」
僕は君が好きなんだ。もう一度食事して話し合おう、という内容だった。
「話し合おうと言ってもね……オレ、ノンケだから」
まあ確かに。なにを話し合うというのだろう。ノンケに恋するってのは、まあ、ゲイにとってはなかなか大変な話で、しかも、そのノンケは近々ご結婚の予定。誰かの旦那さんになっちゃう人。しかしゲイにとっては、結婚して、子供一人作ったくらいのノンケの方が売れ行きがいいという、因果な一面もあるわけで。
「しかも、相手は70過ぎのおじいちゃん。どうすりゃいいんだか」
あらら、リアル「アッシェンバハ」状態かー。
さあどうするか。
ここはオカマの巣窟、ゲイバーだ。
「タイプじゃないって断ったらー?」
「遺産相続のお話ですかって返答するってどうよ?」
「実印持ってきてくださいねーとか?」
「タイプって……ゲイじゃないし!」
まったく役に立たないアドバイスばかり。
まあもあの調子で愛嬌を振りまいているから、片恋メールが来ちゃうんだろう。
告ったり、付き合ってくださいってメールを送ると、その返事が来るまで気が急く。何度も何度も「メール問い合わせ」ボタンを押してしまったり、イライラして仕事が手につかなかったりしているのかもしれない。他人から好意を貰い慣れている人はなんとも思わないのだろうけど、片恋メールを送ってきた相手は、いまも戻ってこないメールを液晶画面の中に探し続けているのだろうかと考えたら、口に含んだワインも苦い味に変わった。
今度は彼氏の隣に座っている、30代前半のいつもゲイ友たちと賑やかに騒いでいる常連Aさんに話が飛ぶ。実は僕ら4人は結構顔を合わせて飲んでいる関係なのだ。
「あいつ別れたばっかだから」
「ええーっ!?」驚く僕ら。
「いつだっけ?」
「先週の木曜日」
「またナマナマしい話で……」
僕はAさんの元彼と、前彼、両方を知っている。しかも元彼とはカウンター汚しという位バカ話で盛り上がっていたこともあって、ほう……また変わったのかいと。。。。若ゲイは季節ごとに男が変わるというから、まあ、おどろきゃしないのだが。
「じゃー今夜は24行ってこい!」
店内は笑いに包まれる。
会計を済ませてバーを出る。
エレベータが下降して行くあいだ、僕らは唇をあわせた。
数秒後、チーンとベルが鳴る。
「TIME UP!」と笑いあって、僕らは雨の止まない通りを歩き出す。
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