伝説の街 ラホール

普段より多めのアルコールのせいで、さっきから頭がぼんやりとしている。

照明を落としたバーのカウンターで、僕は隣に腰掛けた男が語る武勇伝に聞き入っていた。30歳目前になってゲイの世界に飛び込んできたその男は、学生時代からバックパッカーとして世界を旅してきたと言う。男子バックパッカーにとってホモSex体験もまた一種の武勇伝みたいなもので、「ガンジス川まで連れてってくれた親切なオヤジがさぁ、川岸に着いたら突然オレの前に 仁王立ちになって『しゃぶれ』だもん……しかたないからしゃぶったよ。アレの臭いが強烈でさぁ……」なんて話がぽんぽん出てくる。

180cm を超える上背に、トライアスロンで鍛えたというずっしりと重い筋肉で覆った肉体。斎藤佑樹王子のような端正な顔立ちの男が祈りの川ガンジスの川辺に跪き、フェラチオしている光景を想像したら急に淫靡な気分になった。つい数時間前、彼を僕の股間に覆い被らせ、長い時間をかけてねっとりとしたリップサービスを受けていたからだ。

「インド パンジャブ州からパキスタンに陸路で入国するルートがあるんだ。外国人に開放されている国境の数は少ない。インド アムリッツァルを出て国境を越え、パキスタンのワガーって町に入る。そこからバスに1時間乗った先に"ラホール"って街がある……」

ラホールといえば、アジアを旅行する男子バックパッカー達の間では古くから「ホモの街」として恐れられている伝説の肛門危険地帯である。

ラホール駅前には"カラクリホテル"あるいは"マジックホテル"(byロンリー・プラネット)と呼ばれる伝説のホテルがあるという。

インドから国境を越えてきた若い男性旅行者が、駅前のホテルにチェックインしたあと、ラホールの街を歩いていて、まずどこかでパキスタン人にチャイをおごられる。
旅人は睡眠薬が入っているとは知らずにそれを飲んでしまい、強烈な眠気に襲われる。
そして、なんとか宿にもどるが、ベッドに倒れ込んで寝込んでしまう。
しばらくたって、ガタンという音と共にホテルの天井の板が外れ、上からホモのオヤジがロープを伝ってするすると降りて来るとか、あるいは壁が回転扉になっていて、屈強なパキスタン人男性が部屋に侵入してくるんだとか。睡眠薬入りのチャイを飲んでしまった若い旅人は、そのことに気づかずに眠っていて、侵入してきた男の思うがままに弄ばれてしまう。翌朝、旅人が目を覚ますと、アナルがヒリヒリと痛いというわけだ。

「バックパッカーの間で語り継がれてる都市伝説だけどな」
うっすらと彼は笑う。

もともと"泥棒宿"と 呼ばれる宿と泥棒が結託した治安の悪い宿泊施設がいくつもあったのと、イスラム圏では非公然ではあるがホモSexが盛んであるという風習が結びついてでき た都市伝説なんだろうが、ユーラシア大陸を放浪する男子バックパッカーの間では有名な噂なんだそうだ。さらにタチの悪いことに「日本人の男は、日本人の女とヤルよりも気持ちいいらしい」という噂がパキスタン人男性の間で広まっているらしく、華奢な体つきで髭のない日本人の男の子にはかなり肛門危険地帯なのだった。

あははと笑って僕はカウンターに突っ伏した。
だいぶアルコールがまわったようだ。視界がゆらゆらとたわんでいる。
手の中でグラスの氷がカランと高い音を立てた。

「それで?今度はどこに行くの?」

彼は今年南米をめざすという。マイアミを経由して、27時間も飛行機に乗って。
目的はイグアスの滝を見て、そして美形マッチョのラティーノとSexするため。
彼はカウンター奥に置いてあった500mlウーロン茶の缶を指差して「アレがぶら下がっているんだ。すげぇだろ」ってカラカラと笑う。

そんなもの突っ込んだらケツが壊れるんじゃない?という問いかけに
「ヒトのカラダって、あんがい柔軟にできているんだぜ」と彼はニヤリと笑った。

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