広島・松山旅行記(14) 広島焼きと瀬戸内海

広島から松山へ向かうフェリーの出航時間が迫っていた。
それでも、せめて広島焼きは食べて行きたいという二人の共通の願いを叶えるため、息を切らしながら本通りの歩道を急いだ。道の反対側には陰鬱な黒ずんだ建物が蹲っていて、それが被爆建築物の旧日本銀行広島支店であることを知ったのは、瀬戸内海の海の上だった。彼氏が広島焼きという幟を見つけて、その店に飛び込んだ。若貴という、どこかで聞いた名前の店だった。

とにかく店を出るまでの時間の猶予は20分。
そもそもこの手の焼き物の食事が20分しかないという時点でアホか、と言うほかないのだが、とにかくガツガツ食べて店を出た。「これが広島焼きか。広島風お好み焼きとは完全に別物だ」と納得している彼氏が印象的。粉ものには一家言ある関西人の彼氏は、広島風お好み焼きはあくまでお好み焼きの一種ということで腑に落ちたのだそうだ。



慌ただしく食事を済ませ、広電宇品線に30分揺られて広島港へ向かう。
ここでタクシーを使えばもう少しゆっくり食事できたのだろうが、広島に来て一度も路面電車に乗らないというのもすこし切ないものがあったから。


15:10に広島を出港するフェリーは、途中軍港のある呉に寄港する。
港近くには巨大な潜水艦がディスプレイされていたり、最近話題になった軽空母いせを見かけた。
それまでイージス艦は大きいものだと思っていたが、空母は周囲のパースを狂わせてみせるほどの巨大さだった。なんというか、水上に浮かぶ異質なもの。「軽」空母と言いながら、旧帝国海軍が運用してた空母よりも大きい。


呉を出航して、島影を左右に眺めながらフェリーは南下して行く。僕らと共にドイツ人の団体旅行者たちが乗船していた。偶然彼らが手にしている地図を見たら、長崎から日本に入って、広島から四国へ移動。そこから瀬戸大橋を通り神戸、大阪、京都。そして東京+日光を繋ぐ旅程が書き込まれていた。なんという長い旅行なのだろうか。

瀬戸内海上空は雲に覆われていて、期待した夕焼けを見ることはできない。音戸ノ瀬戸(おんどのせと)水道を抜けてしばらくすると雨が降り出した。静かに航行するフェリーの揺れに身を任せて、僕らは時々うつらうつらと船をこいだ。

フェリーが松山観光港に入港した18時には、周囲はとっぷりと陽が暮れていた。ドイツ人たちはフェリーに積み込んできた観光バスに乗り込んでさっさと姿を消してしまった。僕たちを含む数少ないフェリーの乗客たちは、冷たい雨に追い立てられるように連絡バスに乗って伊予鉄高浜駅をめざした。土地勘のない町で日没を迎えるのはあまり好きじゃない。伊予鉄古町駅で路面電車に乗り換え、勝山町で下車したときは雨も激しくなった。ホテルに着いたときには二人ともクタクタになっていた。


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