政治家にはイシューを立てる力が求められてるんだろう。

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仕事がはねたあと、東京駅に向かう途中の本屋に立ち寄った。
芦原妃名子 "Piece 8巻"、保井俊之 "「日本」の売り方 協創力が市場を制す"、ケン・シーガル "Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学" の3冊をお買い上げ。我ながらなかなか変態なチョイスだとは思う。

昨年夏の電力危機を日本人の無名の人々が自発的に協力してブラックアウトを起こさせなかったことが、日本人のDNAに潜む「協創力」の一例として取り上げられていた。当時は「ヤシマ作戦」と名付けて、無名の人々ががんばっていたっけ。

ヤシマ作戦当時、単なる情報公開だけじゃ人は動かないんだなと僕は感じたんだ。「あとどれだけがんばれば、みんなが助かる」と具体的な数字が公開され、その対応方法がある程度明らかになれば、みんな工夫して何とかしちゃう。

そういう文脈で考えると、日本の政治がダメになった理由の一つは、政治家が「私が当選したら、××をしてあげますよー」と利益誘導をマニフェスト(笑)にして選挙を行ってきたことじゃないのかなあと思う。

ケネディは「国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問いたまえ(Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country)」と演説したのは有名な話。

ここまで突き放されると日本人はうまく動けないと思うけどさ。最近の成功例では石原慎太郎が「尖閣諸島を買いたいんですが、お金がないんです。国を守るためなんです。みんな助けてください( *・ω・)*_ _))ペコリン」と国民に訴えたら、その心意気に呼応した人たちから10億円を超える投げ銭が集まった。石原慎太郎の問題提起のうまさの結果だな。

政治家はイシューの立て方を勉強した方がいいと思う。戦後70年近く、団塊の世代、OQ層を含めて、日本人の多くが政府・行政・立法機関を「サービス業」と勘違いしてきた感がある。これからは、皆が立場を超えて力と知恵を出し合って問題を解決する時代になる。国会議員は国会という「場」に立つ有能なプレゼンターであることが求められるのだろう。そこでイシューを立て、それを解決するために国民の力を借り、金を工面して、役人を使いながらゴールを目指すことが求められる。そこには日本を閉塞におとしめている原因の、バラマキなんかはなくなるのだろう。そうなると民主党、サヨクもまとめて不要になるはずなのだが。

なんてことを考えつつ、さあ、本を読んでから寝るとしよう。

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