BL漫画レビュー:田倉トヲル『拝啓、兄さん様』

豊は、歳の離れた兄・稔が大好きだ。
しかし、稔は高校卒業とともに家を離れたままで、豊たち兄弟の間は、ずっと続いている手紙のやり取りが繋いでいる。
ある日届いた手紙には、八年ぶりに見る稔の写真が同封されていた。
そして、その夜、稔が家に戻ってきた。稔と過ごす久しぶりの夏。
やがて稔への想いが「兄」に対する以上の意味を持ち始めたことに気づいた豊は……。


幻冬舎のバーズコミックス ルチルコレクションから。
ルチルからの作品は、ハズレが少ないと僕は思っている。
ただ、昔ふうのボーイズラブとは少し異なっているのだけどね。

ボーイズラブの世界で兄弟ものというと、義兄弟が恋に落ちてしまうのはまだかわいい方で、リアル兄弟でできちゃって背徳のあまり誰も知らない土地へ流れて行くとか、ハードルの高い設定ではある。

『拝啓、兄さん様』はリアル兄弟ネタで、まあベッドシーンの描写がないので安心して読んでいられる。それよりもメインとなるのは文通という古風なコミュニケーションツールを使っていることで、二人の想いをより強く、深く、結びつけている。

物語もとても丁寧に作られていて、幼い二人の思い出、稔が家を出る時のエピソード、稔が帰郷してきた夏、どれもが丁寧。縁側のある田舎の家。窓を開け放して昼寝する夏の午後。日めくりが告げる夏の終わり。誰もの記憶の底に眠っている、まぶしい夏の日の思い出。それを一つ一つ引き出される思いがする。幼少期に幸せな思い出を持っている人は、一生幸せなんだろう。



ボーイズラブだけの傾向ではないのだけれど、最近のマンガの絵柄は大きく変わったなあと思う。手塚治虫から古い時代の少女マンガに主流だった「マンガ絵」。その後「アニメ絵」というものが登場した。そして最近だとこの『拝啓、兄さん様』のような、実写のような背景に違和感なく溶け込んでいる人物造形が生み出されてきている。マンガはこっち方面へ進んでゆくのだろう。そして、この空気感は日本人以外の作家にはまだ生み出せていないような気がする。なんだろう、この空気の揺らぎのような感じは。

1.絵柄
今風で、繊細で、季節感があって、どのコマも愛おしい。

2.ストーリー
8年ぶりに帰郷した兄と弟の話。海の近くの田舎町と、古い昭和風な一軒家で過ごす夏の日々は、その設定だけでも十分にファンタジーだ。こういう空気感はなにより愛おしい。

3.エロ度
エロはなし。

4.まとめ
以前は、セックス描写のないボーイズラブはつまらないと思っていたけれど、『拝啓、兄さん様』のような作品も良いものだと感じるようになった。なんというか、誰の心の中にも大切な永遠の夏の日があって、それを思い出させる愛おしい一冊。僕はこの作品がとても好きになった。ぜひぜひ、オススメ。

絵柄 :★★★★★
ストーリー:★★★★★
エロ度 :☆☆☆☆☆
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)

TORO TOKYOは美味かった

晴れ。24.8℃/11.9℃/33%

湿度が低くてカラッとした陽気だと、ここは天国だと思う。

火曜、水曜と仕事で彼氏が来日。
火曜日は新宿であまり代わり映えのしないご飯を食べていたんだが、水曜日は新店開拓することを心に決めて、有楽町で待ち合わせた。一軒目の鉄板焼き屋というかお好み焼き屋が満席で断られ、途方に暮れながらコリドー街を目指した二人。

たまたま目に付いたオープンレストランっぽい店に入ってみた。
メキシカン料理を出すTORO TOKYOってところだったが、これが結構アタリだった!

赤ワインをボトルで頼んだあと、フライドポテトを囓りながらしばし歓談。




クリスピーキヌアのシーザーサラダは濃厚な味付けで美味かった。
小エビとにんにくのオイルソテーは平凡な味付けでイマイチ。
で、チキンのファヒータが大当たり!
甘辛く味付けられたチキンをトルティーヤで包んで口に運ぶと、ウマウマウマ。
最初4枚のトルティーヤが付いてきたので、二人で2枚ずつ包んで食べたけれどまだチキンが余る。そこでトルティーヤを2枚追加して、計3枚ずつ食べてお腹いっぱい。
で、お勘定もそこそこで満足。彼氏とニマニマしながら帰ってきた。
かなりリピートするお店になりそうな予感。

今日、木曜日も同僚と連れだってランチ。
ピッツァがウリのイタリアンレストランに入ったが、なんかパスタも捨てがたい。
悩む、悩む、悩んだ結果……「ランチ2セット持ってこーい!」。

同僚との間に4皿並ぶセットメニューのサラダが異常(w


ピッツァは評判通り美味かった。
アンチョビーの乗ったピザは鉄板で美味いね。
カルボナーラ(てか、頼んだのがカルボナーラかよと失笑したが)はわりと平凡。
同僚は「今度はピザを2枚食う」と言うがね。。。。



呆れる店員を横目に、二人とも完食したさー。
ごちそうさまでした。

フィットネスクラブでカロリー消費してから帰宅した。

新倉山浅間公園と河口湖をふらふらしてきた。(2)

新倉山浅間公園は、公園の入り口と忠霊塔の間にそれなりの標高差があるようで、公園入り口の桜は満開だけど、忠霊塔の周りは5~6分咲きという感じ。遊歩道も整備されていて、まだ若木のソメイヨシノを楽しむことができる。


目的も果たしたところで、忠霊塔をあとにする。
浅間神社に参拝したあと、階段を下って行く。


新倉山浅間公園は駐車場が2カ所あるらしいのだが、忠霊塔にすぐ到達する駐車場は入庫待ちの長い車列ができていて、アレは相当ストレスだと思う。足が悪い人でない限りは階段を上って行った方が時間短縮になる。

下吉田駅に戻ってくる。とてもモダンな建物。
のれんが風に揺れていて、風情を感じる。
駅の写真の背後に見えるのが、新倉山浅間公園だ。



11時台は1時間に1本しかない。
次の電車が来るまで40分あるが、構内のベンチではタイ人たちで埋め尽くされていて、その様子を見ているとほんと、ここは日本か?というのどかさ。タイ人はみんな穏やかでのんびりしているから、風景に溶け込んでいてこれはこれで良いと思う。

下吉田駅にはカフェが併設されている。
普段は乗降客もすくなさそうなこんな駅にカフェがあるのも驚きだが、軽食が食べられるので入ってみた。こざっぱりとした店内の半分はタイ人、25%が日本人、残りが諸外国人という構成。短髪の10代くらいのタイ人青年達が楽しそうにメニューを選んでいたりして、店内はのんびりムード。彼らの会話は中国語のように甲高くないので静かで良いかな。

線路の見える席で、おにぎり二つと温かいお味噌汁。
出汁を効かせたお味噌汁が染みる。。。家を出てからずっと飲まず食わずだったから。




下吉田駅からさらに西へ進む。
富士急ハイランド駅で「FUJIYAMA」を見て「なんじゃあれ!?」と驚くタイ人たち。

そして終点河口湖駅は、、、やっぱりタイ人でごった返していた。
みんな楽しそうだから良いか。
電車の写真を撮りまくるタイ人、周遊バス乗り場で大行列を作るタイ人、トランクに収まりきらないほどの荷物を載せてタクシーを走らせるタイ人、噂通り、河口湖周辺はすごいことになっていた。




僕は河口湖畔までふらふら歩いた。
以前宿泊したホテルの前から河口湖を眺める。
日差しは穏やかで、温い風が吹いていた。
河口湖越しに富士山を眺めるには対岸へゆかねばならず、今回はまあいいかと。
お土産を買って、バスで新宿へ戻った。

今回、いろいろなところで桜を見た。
大月に向かうローカル線の車窓に現れる山桜、富士急の各駅で桜吹雪となっているソメイヨシノ、細い小路の先にあるお寺を飾る桜。そのどれもが美しかった。


新倉山浅間公園と河口湖をふらふらしてきた。(1)

今年は花見のために遠出しなかったなあと思い、最近タイ人が集結していると聞いた新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)に遠征してみた。

河口湖方面だと普段はスカイラインを飛ばして行くのだけれど、今回はのんびり電車に揺られてみることにした。クルマで移動してしまうとタイ人がいるかどうか分からないし。4月12日は山手線、京浜東北線の架線トラブルがあった。銀座線で神田まで移動し、そこから高尾行きの中央線に乗る。

中央線に乗って郊外に出るのは何年かぶり。都心部ではガラガラだった中央線も、新宿からトレッキングスタイルの中高年がぞくぞく乗車してきて、立川を過ぎる頃には満員状態になる。休日の中央線ってこんな感じなのか。

高尾駅で接続する中央線普通電車に乗り換え大月へ。朝ご飯を食べていなかったので、大月で富士急に乗り換える前に済まそうとも考えたけれど、乗り換えがあまりにスムーズだったので、そのまま下吉田駅を目指すことにした。
初めて乗車する富士急。車内は一気に外国人濃度が高くなった。右隣に座っているのはフランス人、左隣に座っているのはタイ人。前のシートは全部タイ人が座り、立っているのもタイ人という状態。ここでは中国人ですらマイノリティ。ゴトゴトとゆっくり走る富士急に揺られていると、ここはタイ国鉄のローカル線か?という錯覚さえ起こる。

大月を出発して、程なく外国人達がキャーキャー騒ぎ始めたので、つられて窓の外を見ると、真っ白い雪を被った富士山がニョッと顔を出していた。その圧倒的な存在感。そして圧倒的な美しさ。雲一つ掛かっていない巨大な山に向かって、シャッターを切りまくる外国人達。のどかだ。

40分ほど電車に揺られて、下吉田駅に到着。
午前中の良いタイミングで写真を撮りたかったので、とにかく新倉浅間神社へ急いだ。駅で配っている地図を貰い、公園の入り口まで10分ほど歩く。

神社へ続く小さな参道は、参拝客を迎え入れるかのように桜が枝を伸ばしている。




神社参拝は後回しにして、先を急ぐ。

鳥居の向こうに富士山を望む撮影スポット。
三脚オヤジ達が居座っていて、なかなか順番が回ってこない。


階段を上り徐々に高度が上がってくる。
稜線を含めて雲一つ掛かっていない富士山がくっきりと春の空にそびえ立っている。


長い長い階段。397段を一つ一つ上って行く。これくらいの混み方だったら楽な方。


階段の先に忠霊塔(五重塔)があって、その背後の斜面に例の撮影スポットがある。
特に整備された場所ではなく、滑らないように注意しながら斜面から撮影すると、こんな光景が広がる。日本人もそれなりにいるが、それにしてもタイ人の多いこと!




プログラムって便利なものなんだなあと思った。

最近、Excel VBAをコツコツ書いています。
以前、プログラミングの教科書を読んで、何度も挑戦して挫折しました。
いま思い返すと「そりゃそうだよなあ」と。
だって必要性が感じられないのだもの。

先日、1年間に40万行ほどのデータを手に入れた。
その中に6000~7000カ所ほどのデータ欠損箇所があって、それを探し出し、欠損部分を補完する必要性に迫られた。最初手作業で1時間ほどやってみて、50カ所ほど補完したところで見事に挫折。これは無理、これを5年分もやるのは絶対無理だと。

で、VBAで小さなプログラムをいくつか作って処理してみた。
これまでに何度も挫折してきたお陰で、基本的な構文は頭に入っている。あとはネットで関数をいくつか調べるだけで何とかなる。手順をコードに落とし込んで行く。

実際、一つのプログラムを作るのに、テストを含めて2時間ほど掛かったけれど、手作業だったら何日もかかる作業が僅か10分ほどで終わる。MacがCPU負荷MAXでウンウン唸ってくれるお陰で楽をさせてもらえてる。

なんかプログラムって仕事をお願いするためのラブレターみたいなものなんだなと思えるようになったのさ。必要は発明の母って言うが、それは本当なのだとね。

新倉山浅間公園で、桜、富士山、そして五重塔。

思い立って、新倉山浅間公園へ行ってきました。
最近見かける桜、富士山、五重塔がそろい踏みの写真が撮れる場所です。
That's Japan!って感じで、外国人達がてんこ盛りでした。

桜が咲き、晴れた日で、富士山に雲がかからず、撮影に行ける休日であることの4つの条件が揃わないとお目にかかれないので、今日はラッキーな日だったんですね。
日頃の行いが良いせいか??

詳しいことは後日。


BL漫画レビュー:ゆき林檎『玉響(たまゆら)』

ゆき林檎作品初の書評は、まったく関係のない方向へ (^^;

貿易商の一人息子である麻倉通忠は全寮制の旧制高校へ入学する。
そこで同室になったのは、幼い頃に唯一心を許した幼馴染み、立花だった。
けれど立花との再会は麻倉にとって複雑なもので--

って、麻倉忠通が入学した大正11年(1922年)当時、旧制高校と呼ばれていないだろとか軽く突っ込んでみる。当時は単に「○○高等学校」と呼ばれていた。

初版は2014年6月、その後店頭から姿を消し、Amazonでも手に入らない時期が長く続いた。ありとあらゆる手を使ってでも入手しようと思案していた矢先、2015年2月に増刷があり、ボーイズラブコーナーに平積みになった作品。

裕福な貿易商の家に生まれた麻倉忠通は、灰色の髪とブルーの瞳を持つハーフの少年。しかも華族の家柄だ。一方、幼馴染みの立花寅一は商家の息子。日本人離れした容姿のため、虐めに遭っていた忠通を救い、忠通が唯一心を許していた相手が立花だった。
13歳の夏、立花の情事を目撃してしまった忠通は姿を消す。欧州から帰国し、全寮制高等学校に入学した忠通と同室になったのは、4年ぶりに再会した立花だった。




お話として、特に新しさを感じさせる作品ではない。
木原敏江の「摩利と新吾」をBLで今風に書き直すとこんな感じになるか?
不思議なのは、ボーイズラブあるいはマンガ、小説の世界において、旧制高校を舞台にした作品が発表され続け、かつ、そんな世界を見たこともないのに魅了される読者が一定数いること。憧れなのか、懐かしさなのか、それとも美しさなのか。登場人物達は文学、哲学、国家、人生について語り合い、お互いの才能を磨き高め、そして国家を背負って行くような人物に育って行く。玉響の中でも万葉集や、プラトンが登場する。だけど、自分たちの周りにこんな世界はあったっけ?

最近読んだコラムで、川崎の殺人事件を枕に、中学・高校の荒れている根本理由を説明している文章に出会った。以前から僕も口にしていた事柄ではあったが、断言してもらってスッキリした。

「老生、断言する。現在の中・高の学習内容は量も多く、また難しく、十分に理解できない生徒が大半であり、学習が少しも楽しくないのだと。つまり、学校の勉強が分からない。ここに最大の原因がある。
 それを歴史的に言えば、こうなる。現在の高校の前身は、旧制の中学校等や高等女学校である。小学校卒業後、そこへの進学者はせいぜい一割。さらに一部は旧制高校・旧制大学へ、あるいは専門学校等へと進学する。残りの者や小卒者は社会に出て働いたのである。そして手に職を叩き込んでいった。
 ところが、現在ではほぼ全員が高校に進学する。となると、当然、大半の者は学習内容が分からない。土台ーーはじめから無理な話なのである。国数社理英はリベラルアーツ(教養科目)であり、少数の者のみがすべてを理解できる。大半の者は、わけが分からぬままにずっと椅子に座り続けている。中高六年間。

大事な文章なので記録しておきたかった。
BL書評に書き込む内容ではないことは確かなのだが。

僕は世界史で大学受験したが、日本史をとっている同級生の内容を聞いて仰天した。世界史もいい加減覚えることが多くて辛かったが、扱っている内容のほとんどは歴史の流れだった。日本史ではどこかの寺の、なにかの仏像の、なにかの冠の形状を、ものすごく長い漢字の羅列で書かされていた。それって学者の世界の話じゃないのか?と、当時思っていた。学者バカが繰り出す入試に対応するため、各科目学者の卵程度の知識と理解を求められたら、大半の高校生は挫折するだろうよ。

6年間をわけの分からない学問のために机に縛り付けられているのは、確かにもったいないことだと思う。ある人間の可能性や才能をある年齢で決めてしまうのも酷なのだけど、早くに適正を見極めることも大事だと思うのだよなあ。職人の道に進んでも必要に応じて高等教育に戻って来られる、あるいは高等教育を受けていても職人の道へ進める、みたいな柔軟性のある制度を設計できたら、たくさんの人が救われるんだろう。

結局、旧制高校を舞台にした物語は、いずれも将来を嘱望されたエリートの卵たちのストーリーなのであって、ほとんどの者にとってはファンタジーなのだよなぁ。そのファンタジーにBLフレーバーが添えられているのだから、ますますファンタジーの世界へ行ってしまうわけで。

1.絵柄
うまい。端正で美しい。

2.ストーリー
旧制高校を舞台にした二人の青年の物語。正直、とりたてて新しさを感じさせるものはないのだけれど、手触りの良い、端正な物語。やや切ない。

3.エロ度
Amazonのレビューでは、セックス描写への不満が散見されるのだけど、この物語の肝はそこじゃないだろ?

4.まとめ
戦前の物語は、いつもロマンが溢れている。

絵柄 :★★★★★
ストーリー:★★★☆☆
エロ度 :★★☆☆☆
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)

だから、朝鮮人は嫌われる

春になると発病する「ソメイヨシノは済州島が起源」という朝鮮奇病。
今年も鬱陶しい奴らがやってきた。

今回もノ・チャンヒョン特派員という大バカ者が、妄想を書き散らしている。

興味深いのは、日本が当初1910年12月に寄贈した桜2000本は、到着直後に病虫害感染が確認されて焼却されたという事実である。
日本はワシントンのために3020本、ニューヨークのために3000本を手に入れて、14ヶ月後の1912年2月、シアトル港を経てワシントンDCに送った。

しかし短期間に6000本を超える桜を集めて米国に送ることができるものか、まったく納得がいかない。
苗木を採集して包装し、検査し、再び包装し、輸送するなどの過程を経るには、2倍以上の確保が基本であるという点で、1万2000本以上の苗木を収集したという分析も提起されている。


まったく納得がいかないって、あんたなに言ってるんだよ!?


朝鮮人ってさ、そもそも日本の園芸農家を舐め腐ってるんだろうな。
「短期間に6000本を超える桜を集めて米国に送ることができるものか、まったく納得がいかない」というのは、ろくに事実を調べもしない、単なる妄想、勝手な決めつけじゃないか。自分たちのしょぼい園芸能力を他国に当てはめて勝手なことを言うな。

朝鮮人はさ、物事を厳密に考えることが出来ないから、桜=王桜=ソメイヨシノだと決めつけている。春先にピンク色の花を付ける花は全て桜=ソメイヨシノと思ってる。僕らのじいさん達がコピー機のことをゼロックスと呼んでいたように。

1912年に送り出された桜6040本は、そのうち半分がポトマック川河畔に植えられ、残りが残りがニューヨークハドソン河開発300年記念式に贈られ、いまもSakura Parkという公園になっている。

アメリカナショナル・パーク・サービスのWebサイトが、ポトマック川河畔の桜について、次のように記述している。

1912 February 14, 3,020 cherry trees of 12 varieties were shipped from Yokohama on board the S.S. Awa Maru, bound for Seattle. Upon arrival, they were transferred to insulated freight cars for the shipment to Washington.
March 26, 3,020 cherry trees arrive in Washington, DC. The trees were comprised of the following varieties:

"Somei-Yoshino" ...................................1,800
"Ari ake"....................................................100
"Fugen-zo".................................................120
"Fuku-roku-ju"............................................ 50
"Gyo-i-ko".................................................. 20
(The Gyoiko were all planted on the White House Grounds)

"Ichiyo".....................................................160
"Jo­nioi".......................................................80
"Kwan-zan"...............................................350
"Mikuruma­gayeshi"....................................20
"Shira-yuki".............................................. 130
"Surugadai­nioi"...........................................50
"Taki­nioi"..................................................140

Total........................................................3,020

http://www.nps.gov/cherry/cherry-blossom-history.htm

これが正史だよ。
桜=ソメイヨシノじゃない。もっと多種多様なのだ。
ワシントンの桜祭りが盛り上がっているからって、それを盗みに来るな!

朝鮮人はいったいどこの世界で暮らしている生き物なのか?
だから、朝鮮人はバカにされるのだ。
だから、日本国内で嫌韓感情が荒れ狂うのだ。
だから、日本人から蛇蝎のように嫌われるのだ。

========================================
「4月8日は、ワシントンの韓国桜の独立宣言の日」

【ニューヨーク=ニューシス】ノ・チャンヒョン特派員

「1943年4月8日、韓国の桜が失われた名前を取り戻した日です。」

今から72年前の1943年4月8日、李承晩博士はワシントンDCのアメリカン大学のキャンパスで、ポール・ダグラス総長と韓国人学生のドリス・ユンなどと共に、済州ソメイヨシノ(王桜)を植えるイベントを開催した。

李承晩博士は、東京市が寄贈したソメイヨシノ(王桜)が、日本桜(Japanese Cherry Trees)と呼ばれるのは間違っているとして、韓国桜(Koeran Cherry Trees)に変えることを要請したが、米国政府は証拠不足を理由にして、「東洋桜(Oriental Cherry)」という中立的な名前を代案として提示したことが分かった。

それで李承晩博士は、ダグラス総長などと協議して、米国の中​​心部に位置する大学キャンパスに、四株のソメイヨシノ(王桜)を植えて、これを「韓国桜」として公式に命名する行事を行なったのだ。

ワシントンの在米ジャーナリストのムン・キソン氏は5日、ニューシスとのインタビューで、「1943年4月13日付の『アメリカンイーグル(The American Eagle)』が、『日本産』として誤って知らされており、ワシントンの桜の本当の名前を探すため、李承晩博士が韓国桜の植栽イベントを開催した」と報道された事実を喚起させて、「ソメイヨシノ(王桜)の植樹は、30年以上前に日本の木に変身させられた韓国の桜のもう一つの独立宣言だ」と評価した。

さらに当時、J・E・ランキン下院議員が「ワシントンに植えられた桜は、韓国の鬱陵島が原産地であり、上・下院はこれらの木を韓国桜であることを宣言している」という決議案まで発議したという事実をもとにして、桜の真実を知らせる作業を積極的に展開しなければならないと強調した。

ワシントンのポトマックの川沿いには、1912年に日米友好の象徴として、日本がプレゼントした桜3000本が植えられており、以降、大々的な桜祭りが日本文化イベントと共に開かれている。

興味深いのは、日本が当初1910年12月に寄贈した桜2000本は、到着直後に病虫害感染が確認されて焼却されたという事実である。
日本はワシントンのために3020本、ニューヨークのために3000本を手に入れて、14ヶ月後の1912年2月、シアトル港を経てワシントンDCに送った。

しかし短期間に6000本を超える桜を集めて米国に送ることができるものか、まったく納得がいかない。
苗木を採集して包装し、検査し、再び包装し、輸送するなどの過程を経るには、2倍以上の確保が基本であるという点で、1万2000本以上の苗木を収集したという分析も提起されている。

東洋美術史の学者ジョン・カーターコベル(1910~1996)先生は、生前に発表した文で、「東京市長が1910年に荒川川岸の桜をワシントンにプレゼントしたが、虫に食べられて枯れた。日本は新しい品種の桜を再びプレゼントしたが、この時の桜は済州島で採集したもので、米国の風土で強く生き残るためと考えられる」と指摘している。

日本ではこれまで桜の自生地が1カ所も発見されたことがないのに対して、1908年の済州漢拏山一帯では、200年以上の桜の群落地をフランス人の花嫁が発見し、報告している。
日本植民地時代の1932年、日本の学者の小泉は、論文を通じて、日本の桜が韓国起源だと認めたが、解放後、日本の学者たちはこれを否定している。

済州出身でもあるムン・キソン氏は、「今でも済州で1911年ごろソメイヨシノ(王桜)が採取されたという事実が記録された資料がある。政府レベルで隠された歴史の発掘に乗り出すべきだ」と提案した。

それと共に、大統領府のホームページのワシントンの桜祭りを促進する内容は問題があると述べた。
大統領府子供ホームページ「世界各国の春祭り」のところには、桜祭りの全景写真と共に、「米国のワシントン桜祭りは、1912年に尾崎行雄東京市長が、米-日間の友好増進のため、桜3000本をプレゼントしたのが始まりである。ポトマック川沿いに咲いた桜を見物するために、恋人、家族、観光客はもちろん、留学生までもがワシントンに走って行くほどだ…」と紹介している。

ムン・キソン氏は「4月初めに前後して、ワシントン一帯で繰り広げられる大規模な桜祭りは、日本を促進する巨大な文化商品である。大統領府のホームページには、ワシントン桜の故郷は韓国であり、初代大統領李承晩博士をはじめとして、ワシントン桜に我が国の名前を探すことに努力した先覚者たちの努力があったという内容が記述されなければならない」と指摘した。

引用ソース(2015-04-06 ニューシス)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=104&oid=003&aid=0006446563

千鳥ヶ淵の夜桜見物とサーモン握り

先週は彼氏が来日していた。
この時期、日本線に搭乗するエアラインクルーはラッキーだと思う。
ちょうど彼氏が来日した日は、東京の桜は満開だった。

僕の仕事が終わったあと、九段下駅で待ち合わせ、千鳥ヶ淵の夜桜を眺めに行った。
あの晩、九段下の駅は桜見物のお客で賑わっていた。
同時に靖国神社には屋台が出ていて、日本情緒溢れる空間になっている。





相変わらずインド大使館は賑やかだった。
風が吹くとお堀の上空を桜吹雪が舞い散り、夜空に融ける淡雪のようだった。
やっぱりソメイヨシノは特別だと思う。

千鳥ヶ淵を離れ、食事に向かう。

ひさしぶりに巨牛荘を訪ねてみたが、満席で断られる。
で、神保町まで散歩し、酔の助でご飯を食べた。
彼氏とは、こんなコッテコテのサラリーマン居酒屋に入ったことがない。
店内の壁に色々なメニューの札が張られているが、蛸わさの隣にローストビーフ、水餃子の隣にガンダーラ岩塩のピザ、カマンベールチーズ揚げの隣に鶏皮揚げが並んでいるような、なんでもありの居酒屋だ。二人で飲んで食ってお勘定が合計4000円台の驚異の店。
その後は新宿二丁目でワインを飲んでグダグダで帰宅。

翌日は新宿二丁目はなしで、有楽町できれいに飲むことにした。
コリドー街のシーフードレストランで、オイスターロックフェラーをうまうま。


そのあと店を変えて、寿司屋のカウンターでうまうま。
外国人が寿司下駄いっぱいにサーモン握りを並べさせていたのに目を奪われた。めっちゃキレイやん!
早速僕もまねてみたけれど、サーモンばかり12巻も食えないしねぇ…とりあえず6巻。



「うまうま」と食べていると、隣に座っていたアーティストを名乗るおばちゃんが話しかけてきた。両隣がサーモンばかり注文しているので、この店はサーモンが有名なのか?と。

「いえいえ、そんなことないっすよー」と返すと「どっきりカメラでもあるのかと思った」という。銀座で一人で寿司をつまみに来れる女性は、かっこいいと思う。

ちょっとお話に付き合っていたら、ビールを奢ってもらった。
彼氏とともにうまうまビールを飲んで、銀座駅で解散。

 今度は寿司下駄を赤身で埋め尽くしてみたい。

富士そばでポテそば

先週火曜日の夜のこと。
関西で流行っているらしいポテそばってヤツが関東に上陸した…らしい。

早速その晩、同僚と連れだって食べに行ってみた。
20:30の富士そばには、ちょっと場末感が漂っている。
場所は神田で、店の外にはキャバクラの客引きがウヨウヨしているような状況。

で、注文してみたポテそば…うどんで頼んだのに、ほかの客と一緒に手抜きしたらしい蕎麦がきた。まあいいけど。

味は……コロッケそばと同じノリだと思う。
クタクタにやわらかく茹で上がった蕎麦、醤油味の汁……立ち食い蕎麦屋の典型だ。
客の数はまばらだったけど、ほとんどの客がポテそばを頼んでいたから、これは流行るかもしれない。

Excel VBAで、セルの背景に色を付けてみた

ついでに、先ほどの1分足のデータに3分ごとにセルの背景に色を付けてみた。
作業上少し見やすくなると良いかなあと思って。

========================================
Sub 背景カラー()

Dim 行数, i As Long
行数 = ActiveSheet.Range("A1").End(xlDown).Row

For i = 2 To 行数

 If Minute(Range("A" & i)) = 0 Then
    Range("A" & i).Interior.ColorIndex = 34 '水色
    End If
   
 If (Minute(Range("A" & i)) Mod 3) = 0 Then
    Range("A" & i).Interior.ColorIndex = 34 '水色
    End If

Next i

End Sub
========================================

為替の1分足データの抜けを探すVBAを作ってみた

Excelで為替のヒストリカルデータを眺めていたら、結構抜けがあることに気づいた。
1分足からほかのチャートにコンバートする際に問題になるだろう。
関数で色々挑戦してみたが、時刻のシリアル値を操作するのは誤差が出て難しかった。

で、必要に迫られてVBAで簡単なプログラムを作った。
目視で調べても良いんだけど、1年分で369564行あるわけで軽く死ねる。
これを何年か分も目視するなんて、無理だ。

で、ラクをしようといろいろと工夫してみた。
だが、VBAが全然わからず、if〜thenとfor next で簡単なものを作るだけで2時間も掛かってしまった。
それでも目視で調べるよりは断然速い……と思う。

時々数字がおかしいものが出るが、異常値だけはじき出せば用が足りるので、これで十分かと。

ソースデータは下記のような構成になっている。

Time    Open    High    Low    Close
2015/1/2 0:00    119.666    119.742    119.666    119.741
2015/1/2 0:01    119.741    119.741    119.695    119.7

==============================
Sub データ欠損調査()

Dim 行数, i As Long

Range("B2").Value = True 'trueにしないと欠損データ修復ロジックに影響するため

行数 = ActiveSheet.Range("A1").End(xlDown).Row

For i = 3 To 行数

  If DateDiff("n", Range("A" & i), Range("A" & i - 1)) <> -1 Then
        Range("B" & i) = Abs(DateDiff("n", Range("A" & i), Range("A" & i - 1)))
    Else
        Range("B" & i) = "true"
  End If

Next i

MsgBox "データ欠損調査終了"

End Sub==============================

田母神さん、それを言っちゃあ~おしめぇよ。

田母神さん、それを言っちゃあ~おしめぇよ。

表現の自由がユルユルな我が国ですから、田母神さんが同性愛を嫌悪するのは自由ですし、それを表現しても全然かまわないと思います。石原慎太郎氏もホモ嫌いでしたし。

だけど、たくさんの人を巻き込んでこそ、トップに立てる政治家でしょ?
この発言を見たら……これが保守を自認する人間の発言とはね。
彼の保守とは、僕らからすると反吐みたいなものだったんだね。
いままで彼の発言をそれなりにウォッチしていたけれど、これはないわ。

僕はサヨクが大嫌いだし、日本国内のリベラルは詐欺集団だと見なしているし、日本が好きだから保守に近い人間だと思っている。だが、田母神さんが真性保守だと言いつのるなら、僕は保守に属する人間じゃないのだろうな。

もしも今回の同性婚の条例を推し進めた人たちが、権利主張ではなく哀願して、慈悲の結果認めてもらったのだとしたら、田母神さんの態度も違っていたかもしれない。それはそれで微妙に上から目線な話だけど。