男二人でイタリアンなんて恥ずかしい……
そんなことを言われて、サヴァティーニの扉の前で立ち往生したことがある。
もう20年以上前の話ですが。
恋人がいると強くなれる、と言うけれど、僕の場合はどうだろうな。彼と二人でイタリアン、フレンチすることもぜんぜん躊躇ないし、ホテルを予約するときは必ずダブルベッドがあたりまえになった。フロントでごちゃごちゃ言われたら、マネージャーを呼びつけるくらい面の皮は厚くなったような気がする。
それはさておき、新宿で祝う彼氏の誕生日は、気鋭の辻大輔シェフが腕を奮う"Convivio"でトスカーナ料理を楽しむことにした。僕ら二人の旅行で一番楽しかったイタリアを偲んで…というと大げさかもしれないけれど。
靖国通りに面した雑居ビルの中に、Convivio は店を構えていた。
一階のケンタッキーフライドチキンの店頭に溢れている人混みをかき分け、エレベータで4階に上がると静けさが戻ってくる。上着を預け、席に着くとほっとして、僕らは笑顔になった。
お皿の上に今日のコースメニューが置かれている。カフェまで入れて7品。これで男性諸兄の胃袋を満足させられるものなのかしらん。が、その心配は杞憂に終わった。アミューズが用意されていた。普段はワインリストを彼氏に預けて好きなものを選んでもらうことにしているのだけれど、今夜はワインセレクトをお任せにして、料理とのマリアージュを楽しんでみることにした。
辻シェフのご挨拶のあと、まずはプロセコで乾杯。
アミューズは、"リングア ディ スウォーチェラ(姑の舌)"というパンの原型のようなもの。そして串野菜。植木鉢に植わった花のよう。そして三種の前菜の盛り合わせ。"レンズ豆と赤エビのサラダ ローズマリー風味"を楽しむ。レンズ豆はあまりご縁のない食材だけど、口に運ぶとほこほことやさしい食感がした。
イタリア料理を前にして、僕らのテーブルはローマとソレントの話題で溢れている。肌を焼くローマの熱風、そしてエレガントで優しい時間が流れていたソレントの夕日。チャンスがあったらもう一度訪れたいねと話が弾む。
赤ワインが供されて、コース料理の一皿目。
リボッリータ。トスカーナ料理の伝統的なスープ。
白ワインが供されて、コース料理二皿目。
ホタテ貝のサラダ。肉厚のホタテのうまみと野菜の苦みが良くマッチしていた。
パンが登場。
赤ワインが供されて、今度は三皿目の"自家製アニョロッティ 茸のスープ仕立て"。濃厚なスープ。滋味が口いっぱいに広がる。パスタは肉厚で、ぷるんとした喉ごし。
食事を始めるに当たり、辻シェフは「今日は少し長めのコースにしました」と言っていたけれど、お皿の順序が変わったのは少し意外だった。四皿目は白ワインと"カーチョ エ ぺぺ"。カーチョ エ ペペは、チーズと胡椒だけのパスタのこと。ローマの名物料理なんだとか。フェットチーネ大好き。それにしてもお皿に散らした胡椒って、どうしてあんなに香るのだろう。
そして本日のメイン?のお皿。"骨付きエゾ鹿のロースト ジュニパーベリー風味"。彼氏は赤ワインと飲んでいたけれど、僕はこれ以上ワインを飲むのはつらくなってきたので先の白ワインの残りを口に運んでいた。もう5杯飲んでいるわけで、ボトルワイン1本分に近くなっている。しかもゆっくりと時間をかけて食事をしていることもあって酔いが回る。塩を効かせた鹿のローストは美味かった。
そして"根セロリのドルチェ"はシェフ自らサービス。彼氏のお皿はお誕生日のデコレーションで施されてあって、ローソクの火を吹き消してからいただいた。
カフェはワンコが可愛いカプチーノと、お菓子が三品。
19時に始まった食事は、辻シェフらに見送られて店を出たときは22時近くになっていた。とてもおいしい食事で、僕たちは終始にこにこと笑顔だった。
靖国通りに降りた。僕は酔っ払ってしまって…正直言うと、もしワインをもう一杯飲んでいたら帰り道、僕はリバースしていたかもしれない…タクシーをつかまえて京王プラザホテルに戻ろうかと言っていたのだけれど、タクシー行列の先頭まで歩いて行ったら大ガードに到達してしまった。ここまで来たなら歩いてしまえ、とホテルまで歩き通してしまった。幸せな気分で二人並んで。