広島・松山旅行記(19) 道後 湯築の杜 うめ乃や その弐

うめ乃やでの夕食は、一階の広間に設えられていた。
部屋食は匂いが部屋に籠もることもあるので、気分展開に宴会場などへ出向くのは全然苦にならない。むしろ期待感が高まってよろしい。

一階有楽の間に向かうと、僕ら二人分の膳の準備が進められていた。
女将が部屋の説明を始めたので、カメラを持って僕らも従う。僕らが食事を摂る部屋には、大日本帝国陸軍 秋山好古大将の揮毫が掲げられている。その隣の部屋には、大日本帝国海軍 秋山真之中将の揮毫がある。真之さんの方が字が上手いかな。お兄さんの木訥な筆遣いは人柄が現れている。まさに歴史が諸君を見下ろしている、といった背筋がスッと伸びる空間だった。





食前酒の梅酒を飲み干したあと、ワインを赤、白それぞれボトルを用意してもらって、食事が始まった。

前菜:いがぐり揚げ 銀杏むかご串 柿玉子 銀杏丸十甘露煮 ピーナッツ豆腐 酢取茗荷

吸物:松茸と鱧 海老土瓶蒸し

造り:平目、縞鰺、障泥烏賊

炊合わせ:伊予美人の揚芋まんじゅう 葛あんかけ

焼物:和牛ロースの朴葉焼

お凌ぎ:シャインマスカットの白和え

揚げ物:瀬戸内鯛の唐揚げ

食事:鯛飯 赤出汁 なめこ 青葱
香物:三種盛

水の物:杏仁豆腐 くこの実

果物:梨 巨峰

大人の隠れ家に相応しい、端正で優しい味付けだった。
僕は最近になって芋饅頭とか、海老真薯などの和食の焚き物の美味さを感じるようになったので、記憶に残る晩ご飯になった。

広島・松山旅行記(18) 道後 湯築の杜 うめ乃や その壱

結論から言おう。
うめ乃やはもっと評価されるべき純和風旅館である。
部屋数8つ。最大収容人数35名。
大正・昭和期に宮大工によって建てられた旅館はリノベーションが施され、日本旅館伝統の美しさを保ちつつ、近代的な設備を備えた宿になっている。道後温泉の宿を決める際にいろいろと検討したのだけれど、ここを選んで正解だった。

美しい庭と、湯築城を借景にして、窓から見える風景は日本旅館の情緒と良くマッチングしている。宮島の岩惣が国際外交に使われる派手さがあるとすれば、うめ乃やは上品な隠れ家。あまり子どもがうろうろしているのは似つかわしくない気がする。まるで上質の絹織物に袖を通し、その肌触りと光沢を楽しんでいるような贅沢な気分が味わえる。






僕らが泊まったのは、6畳に3畳の控えの間が付いた部屋。窓をカラリと開けて、湯築城から流れてくる爽やかな風が楽しめる。広い部屋は開放感があって良いけれど、ちょっと手を伸ばせば彼氏に届く距離感も悪くない。

うめ乃やは割烹旅館と呼ぶべきなのだろうか?
僕らが泊まった日は、一階の大広間で会合が行われていて、長い会議のあとは夕食会となっていた。庭先に半露天風呂があり、そこへは大広間をかすめた廊下を歩いて出て行く。浴衣を着て寛いでいるステイ客と、きっちり服を着込んだビジターが遭遇するのはきまりが悪い。なんというか、プライベートモードの人間と、パブリック空間に居る人間が鉢合わせるのは無粋だ。僕らが温泉に向かおうとすると、宿のスタッフの女性がささっと現れて、大広間の障子を閉め、ビジターの目から僕らの姿を隠した。そういう気遣いはありがたい。廊下の突き当たり、庭へ出る扉の脇には、ハンドタオルが何枚も積み重ねられている。湿り気のないタオルを贅沢に使えるのは本当にありがたい。

道後温泉の繁華街まで、歩いて10分ほど。
にぎやかな場所へ出ようと思えばいくらでも出られるけれど、うめ乃やは思った以上に「お籠もり旅館」だった。いったん部屋に落ち着いてしまうと外へ出たくなくなる。大規模旅館のざわつきとは無縁の静寂な空間。ゆっくりと流れて行く時間の粒子を感じながら、いい時間を過ごしているなあという幸福感にじんわりと包まれる。

窓の外の景色を眺めるも良し。清潔な畳でごろごろしているうちに忍び寄ってくる眠りに身を任せるも良し。宿泊客の数に比べて贅沢すぎる温泉を楽しむも良し。小さなライブラリーでハイソな気分になっても良し。




広島・松山旅行記(17) 道後温泉本館

勝山町のビジネスホテルから荷物を受け出して、タクシーに乗り道後温泉へ移動する。地図を眺めているだけでは、いまいち松山市内の諸々の位置関係は近いんだか遠いんだかよく分からない。スーツケースを引き摺って路面電車に乗るのもめんどうだったので、タクシーで今夜の宿に直接乗り付けたが、結果的には正解だった。チェックインはまだできなかったので、荷物だけ預けて道後温泉本館で一風呂浴びることにする。

宿からふらふらと歩く。
数分歩いたところで、路面電車の道後温泉駅に出た。
思ったよりも頻繁に路面電車が発着し、そのたびに観光客がどっと吐き出される。鄙びたアーケードの中は飲食店とお土産屋がひしめいている。"坊ちゃん団子"とか"一六タルト"とか。そこら辺はさておき、アーケードの突き当たりまで歩くと、そこに道後温泉本館がある。






一風呂浴びる前に、まずは腹ごしらえ。
ホテルパティオ・ドウゴの一階にある"すし丸道後店"でランチを摂った。僕はちらし寿司と、彼氏とシェアしたじゃこ天を味わう。歩き疲れていたせいか、アガリがやけに喉に染み渡った。

そして道後温泉本館。
霊の湯 三階個室のチケットを買う。迷路のような古い階段を上り下りして、部屋に通されてほっとした。浴衣に着替えて"霊の湯"に入ると、僕ら以外は誰も居ない。そのあと何人かが入ってきたが、浴場は終始スカスカだった。そもそも道後温泉の浴槽は結構深くて、浴槽の縁に腰掛けないと湯の中に沈んでしまう。やわらかいお湯は肌にやさしくあたるものの所詮は銭湯なわけで、なんか寛ぐという感じではなかった。

で、ついでに"神の湯"も試しに行ってみた。こちらは結構人が多い。浴槽は同じく深くて、浴槽中心部だったら中腰になって立っていないと溺れるような深さだ。こちらは更に地元銭湯の雰囲気が強い。もちろん、観光客がほとんどなんだろうけれど。




部屋に戻ってくると、お茶と坊ちゃん団子が供される。
湯あたりではないけれど、二人して浴衣を着たままごろりと畳に横になる。身体が温まっているので、すぐに眠気が忍び寄ってくる。外は雨で、軒から伝ってくる雨だれをなんとなく眺めていた。三階の個室に80分という時間制限があるのはケチ臭いと最初は思ったけれど、銭湯に入ったあとはなにもやることがないわけで、むしろ時間を持て余す。彼氏ととりとめのない話に興じて、ひたすらダラダラとしていた。




フルーツ牛乳を追加して飲んだあと、身支度して撤収。
坊ちゃんの間と、皇族がお使いになったという又新殿を見学し、道後温泉本館をあとにした。