雨上がりの夕方に、思いがけず広い空を見つける。

眠りから覚めた電車の中で、少し離れたところにばあちゃんがいた。
席を譲ろうと思って腰を浮かせかけたら、僕の下車駅で、そのばあちゃんも電車から降りてしまった。もうちょっと早く気づいていればなあと思いつつ、ゆっくりと階段を上って行くばあちゃんの後ろについて、人波を避ける支援はする。

若い男性の勢いとは違って、老人の動きは弱々しい。
でも、言葉を変えると、優しい動きと言えなくもない。
なにかを殴ったり、もぎ取ったり、争ったりするには頼りないけれど、人の頭をなでてやるには十分な柔らかさ。そんなことを考えていたら、片膝をたて、僕のワイシャツにアイロンを当ててくれていたばあちゃんの姿を思い出した。ばあちゃんの細い腕が操る古いアイロンはテフロンが剥がれ、布の上を滑らすとキシキシと小さな音を立てた。遠い夏の日の夕方を思い出していたらせつなくなって、鼻の奥がツンとした。

今日は激しい雨が降った後、なんか大気がしっとりとした夕方になった。仕事を切り上げて、東京駅まで歩く。半月来ていない間に再開発工事が進み、日本橋高島屋の横、COREDO日本橋の前に広大な空き地が出現していて、思いがけず広い空を振り仰いだ。

いま、東京駅を覆っていた黒色の大丸デパートビルが撤去されて、新幹線と、丸ビル群と、そして思いがけず広い空を楽しむことができる。もう何年かしたら見ることのできない風景になってしまうのだろうけれど。

夏風邪の続く日々

真夏のイタリアから初冬のドイツに移動して、そして再び真夏の日本に帰国してから、どうも夏風邪が抜けなくて微妙な毎日です。ドイツが異常気象だったとはいえ、さすがにあの寒さは想定していませんでした。せいぜい夏の軽井沢のように、朝晩が少し涼しい位かなあと。冬でもTシャツを着ているようなドイツ人が、しっかりコートを着て、マフラーをつけて歩いているのですから、お察し頂ければと。

今朝、彼氏が欧州へ出国して行きました。彼も長い夏休みが終わりました。
彼は北半球往復の仕事ですから、まあ季節は同じと言えます。
これが北半球と南半球を往復する仕事の人は、もっと身体に堪えるだろうなあ。もっとも時差がない方が身体には楽かもしれませんが。

旅行記のスタートには。もう少し時間がかかります。
やっとローテンブルクまでの写真加工が終わり、明日からミュンヘンに入ってきます。時系列に沿って写真加工をしていると、当初めんどくさかった作業が、「あ、あと少しで終わってしまうんだなあ」という旅の終わりの寂しさに似た感情がわき上がってきます。欧州なんて、しばらく行けないだろうなあ。

高岡蒼甫の騒動について

とりあえず嫌韓流の話は横に置いておいて。

高岡蒼甫の騒動で明らかになったのは、「公共と私企業の境界線」についてフジテレビを含めた媒体の立ち位置が曖昧であることだった。メディアから発信される情報は不特定多数の目に触れる。新聞・雜誌の言葉の暴力は問題だけれど、いまのところ、どの新聞社、出版社も1社独占にはならない状況。

ただし、テレビとラジオは、電波という限られた公共リソースを独占的に利用させてもらう以上、私企業とはいえ公共的に振る舞うことを求められる。不景気、スポンサー料の低下、視聴率の低下が番組制作費を圧迫し、その代わりに安くてそこそこ視聴率の取れる韓流ドラマを流すのは営利企業として当たり前だ、というテレビ局側の反論は、彼らにとってはあたりまえの理屈なのだろうが、公共性という点ではいかがなものか。

放送免許がどんな形式なのかしらないが、アメリカ大統領は就任するにあたって「(アメリカ合衆国の大統領という職務を忠実に執行し、できる限り最大の努力をして、合衆国憲法を維持し、保護し、守ることを誓います」と宣誓する。

だったら、放送免許も単純に自動継続されるのではなく、更新毎に事業計画の提出を求め、公共リソースを使わせてもらうことへの感謝と正しい利用への宣誓を求めても良いのではないだろうか。メディアが襟を正して事業を営む自覚に欠けていたからこそ、今回のような嫌韓、反フジテレビ騒動に繋がったような気がしてならない。

そう言えば、自民党議員が金浦空港で入国を拒否られて追い返されましたね。
あれもすごい話。

ところで「国際常設仲裁裁判所裁判官」ってのは、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所の裁判官のことだという。あたりまえのことだが、裁判官は裁きを下す人間として予断を廃し、中立であることが求められる。これは法治国家の基本中の基本と言える。

「不必要な混乱を防ぎ韓日間の正常関係を維持するためには日本の国会議員が訪韓しないのが上策だ。それが日本の国益にもつながるだろう。あえて来たければ独島問題にどうこう言わずに静かに来て韓国側カウンターパートと深層的対話を交わす道があるだろう」

国際司法機関に所属する裁判官が、二国間の領土問題を視察するために「一応」友好国とされる国からやって来た公人に、「正常関係を維持するために来るな」と公言するのは、事故った高速鉄道車両を破壊して土に埋めた支那と同じくらい、度肝を抜かれるセンスだよ。韓国人は議論するまでもなく、自分たちが無謬に正しいと信じ込んでいるらしい。とても裁判官の言葉じゃないね。本当にびっくりした。やっぱり韓国ってのは、近代国家じゃない。

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【時論】鬱陵島に来ようとする日本の議員へ
2011年08月01日11時58分

日本の第一野党自民党の「領土に関する特命委員会」所属国会議員4人が8月1日から4日まで訪韓しようとしている。ソウルで韓国側カウンターパートと独島(トクト、日本名・竹島)の最近の状況について意見を交わした後に鬱陵島(ウルルンド)の独島博物館に立ち寄り、独島に対する韓国の実効的支配を視察するのが目的とのことだ。日本の代表的保守メディア産経新聞は彼らの動きを、「敵情を探る狙いがある」と書いた。日本語の「敵情」には、「相手方の動静」という意味もあり大きく気にすることではないが、それでも聞いて愉快ではないというのが率直な心情だ。

彼らが真に「敵情」を探るのなら鬱陵島の独島博物館ではなく独島に行かなければならない。それにもかかわらず、彼らが独島の実効的支配とは関係ない鬱陵島の独島博物館に行こうとする理由は何だろうか? 韓国の国内法上独島に行くには入島許可を受けなければならない。公人の彼らが韓国で入島許可を受けて独島に入ることになれば、それは独島に対する韓国の管轄権を認める結果になるためだ。

5月24日に国会独島特別委員会所属の民主党議員3人が事務職1人を同行して50分間にわたり「クナシル島」に行ったことがある。独島問題に対する戦略樹立に必要だというのが50分間の滞在の名分だった。クナシル島は日本人が「国後」と呼ぶ所で、日ロ間の領有権紛争がある所だ。公人の国会議員が領有権紛争のある地域に一方のビザを得て入ることになればその地域に対するビザ発給国の管轄権を認める結果を産むことになる。韓国国会議員らのクナシル島訪問に日本が激しく反発し、これまでその余波が消えないのはこのためだ。2001年に韓国漁船が北方4島近隣水域にロシアの許可を得て入漁すると日本がただちに北海道・三陸海域での韓国のサンマ漁を禁止したのも同じ脈絡だ。

いま韓国の世論は日本の国会議員らの鬱陵島行きの知らせに激昂している。日本の国会議員4人が鬱陵島の独島博物館を参観するといって独島領有権が棄損されるもののではない。それでも激昂する韓国人の情緒に対し日本人はいぶかしいと思うかもしれない。これは長い歴史を通じ韓国人の心の中に積もり積もったおりの結果で、この点を見過ごしては韓国国民の対日情緒を理解できないだろう。

日本人はよく36年間の植民地支配に対する謝罪で韓日間の過去が清算されたと考える。彼らは36年間の植民地支配に先立ち壬辰倭乱と丁酉災乱があり、長い歳月にわたる倭寇の略奪があったことを考えることができない。新羅郷歌にまで倭寇に対する言及があるのを見れば韓国は日本に対する歴史的被害者であり、韓国人の日本に対する情緒は数千年にわたった歴史の中で形成された結果といえる。これがきれいに消され正常関係を復元しようとするなら、非正常的な関係を成立させただけの歳月にわたる日本人の自粛がなければならないだろう。

今日「対国民外交」という言葉が広く知られるのを見ると、外交には政府間外交だけでなく国民間外交もあるということがわかる。いま韓国では大統領まで立ち上がり日本の国会議員の訪韓は望ましくないと言っているが、これが大統領まで出ることなのだろうか? それにもかかわらず大統領が直接立ち上がって懸念を表明するのは不必要な強情もしくは向こう見ずな血気で韓日間の「対国民外交」に破局が来る可能性があるためだ。

不必要な混乱を防ぎ韓日間の正常関係を維持するためには日本の国会議員が訪韓しないのが上策だ。それが日本の国益にもつながるだろう。あえて来たければ独島問題にどうこう言わずに静かに来て韓国側カウンターパートと深層的対話を交わす道があるだろう。

キム・チャンギュ国際常設仲裁裁判所裁判官

中央日報
http://japanese.joins.com/article/376/142376.html?servcode=100§code=140