結局さ、戦時中の慰安婦「問題」ってのは、ほとんどが朝鮮人(当時韓国は存在していないからね)の問題だと思うんだ。
吉田清治の済州島での少女狩りは「嘘」だったから、まず軍による人狩りはなく、朝日新聞が主張する「従軍慰安婦」問題は「嘘」だった前提で。
左翼がいう「騙されて慰安婦をさせられた人もいるはず」という主張って、朝鮮人女衒が騙して売春宿に女性を売り払ったケースもあるかもしれない。というか、あったと思う。それを禁ずる布告の資料があったはずだから。これって朝鮮人と朝鮮人の問題。
貧しくて親が子供を朝鮮人女衒に売り飛ばしたかもしれない。昔はそういうことが内地でもよくあったそうだ。どちらにせよ、これも朝鮮人同士の問題。
でも、毎日たくさんの男相手に仕事をさせられた女性たちの中には、不本意だった人も少なからずいただろう。日本は首相、政府がなんども公式に謝ったよ。それはちゃんと韓国国内で報道しているのかな??
賠償金は払ったよ。日韓基本条約で定めたとおり、当時の日本のGNP3年分の巨額を。韓国人のほとんどがそれを知らずに日本政府を攻撃していたことが、李明博政権の時に明らかになったよね。
日本政府は個人補償をするつもりだったのに、当時の韓国政府が一括で受け取ることを主張して、賠償金は韓国政府に支払われた。
韓国政府は賠償金を個人に配らなかったよね。それは韓国人(朝鮮人)同士の問題だよね。李明博政権時に、個人補償は韓国政府が行うことが韓国メディアで報道されていたはず。
韓国人が賠償金を配らなかったから、賠償金問題は解決済みにも関わらず日本政府は「女性のためのアジア平和国民基金」を作って、元慰安婦という女性に賠償金を支払おうとした。ところが韓国国内の反日団体に妨害されて、賠償金を受け取れなかった女性が出た。これだって韓国人(朝鮮人)の問題だよね。
なんてか、、、、問題のほとんどは朝鮮人(韓国人)が引き起こしているように見えるのですが。
※個人的には、韓国人は「謝罪と賠償」をセットにするのは、「謝罪」すれば加害者と被害者の地位が確定する。いったん被害者の立場を獲得すれば、永遠にそれは固定(パククネによると1000年)され、いくらでも賠償を引き出すことができるという朝鮮半島流ロジックなんだと思う。ベトナムは「我々は戦勝国だからカネはいらん」と言ったそうですが、韓国人が「謝罪」にこだわるのは、その先にあるカネが目当てとしか見えないのですが。
「そんなことはない。我々は誠意のある謝罪を求めているだけなのだ」と彼らは主張するかもしれませんが、誠意ある謝罪の先に何があるのかは推して知るべし。
過去、日本政府が日韓基本条約の中で「両締約国は,両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。(個別請求権の問題は解決したものとみなす。)」としたのは、彼らの性格を見抜いての知恵だったと思います。
「神の意志」とやらで自分と敵対する集団の大量死を肯定する集団って、カルト宗教ですよ。
いやさ~。
「神の意志」を勝手にねつ造したり、忖度することによって、過去十字軍やらの大規模戦争が引き起こされたりしたわけで。僕の感覚からすると、アメリカ西部開拓時代に「マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)」なんても、神を利用した悪質なキャンペーンだったと思ってる。
中央日報の例のコラム。その後日本大使館からの抗議で「社の意見ではない」と弁解したそうですが、正社員が書いた記事を掲載したということは、そのまま中央日報の意思、主張であることは間違いありません。言い訳したって無駄ですね。
この記事によると、中央日報の感覚では、交戦中に発生した市民の大量死傷は「神の懲罰、(よくわからないけど)人間の復讐」だというわけですか。
するとなんですか?
150万人から300万人の朝鮮人非戦闘員の死傷者を出した朝鮮戦争も、神の意志、人間の復讐ということになりますね。そうですよね??
そもそも。
「神」とはなにか?
中央日報が信奉する神は、非戦闘員が大量に死ぬことを希望する神ということになりますね。韓国人はプロテスタントが多いそうですが、韓国人が信奉する「神」は隣人愛ってヤツじゃなくて、非戦闘員(特に日本人)が大量に死ぬことを望んでいるというわけですか。ちなみに、某シンシアリーさんのブログによると、韓国のプロテスタント教会では普通に説かれている話だそうですが。
これって、「神の意志」とやらを背景にした、よくある韓国人優越主義に基づく日本人とドイツ人に対する深刻な「人種差別」の一種なんじゃないですかね。それも韓国を代表するメディアの一つの手によるものってことで。
「神の意志」とやらで自分と敵対する集団の大量死を肯定する集団って、カルト宗教ですよ。
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【時視各角】安倍、丸太の復讐を忘れたか
2013年05月20日08時52分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
神は人間の手を借りて人間の悪行を懲罰したりする。最も苛酷な刑罰が大規模空襲だ。歴史には代表的な神の懲罰が2つある。第2次世界大戦が終結に向かった1945年2月、ドイツのドレスデンが火に焼けた。6カ月後に日本の広島と長崎に原子爆弾が落ちた。
これらの爆撃は神の懲罰であり人間の復讐だった。ドレスデンはナチに虐殺されたユダヤ人の復讐だった。広島と長崎は日本の軍国主義の犠牲になったアジア人の復讐だった。特に731部隊の生体実験に動員された丸太の復讐であった。同じ復讐だったが結果は違う。ドイツは精神を変え新しい国に生まれた。だが、日本はまともに変わらずにいる。
2006年に私はポーランドのアウシュビッツ収容所遺跡を訪問したことがある。ここでユダヤ人100万人余りがガス室で処刑された。どれもがぞっとしたが、最も衝撃的な記憶が2つある。ひとつはガス室壁面に残された爪跡だ。毒ガスが広がるとユダヤ人は家族の名前を呼んで死んでいった。苦痛の中で彼らは爪でセメントの壁をかいた。
もうひとつは刑罰房だ。やっとひとり程度が横になれる部屋に4~5人を閉じ込めた。ユダヤ人は互いに顔を見つめながら立ち続け死んでいった。彼らは爪で壁面に字を刻みつけた。最も多い単語が「god」(神)だ。
ナチとヒットラーの悪行が絶頂に達した時、英国と米国はドレスデン空襲を決めた。軍需工場があったがドレスデンは基本的に文化・芸術都市だった。ルネッサンス以後の自由奔放なバロック建築美術が花を咲かせたところだ。3日間に爆撃機5000機が爆弾60万個を投下した。炎と暴風が都市を飲み込んだ。市民は火に焼けた。大人は子ども、子どもはひよこのように縮んだ。合わせて3万5000人が死んだ。
満州のハルビンには731部隊の遺跡がある。博物館には生体実験の場面が再現されている。実験対象は丸太と呼ばれた。真空の中でからだがよじれ、細菌注射を打たれて徐々に、縛られたまま爆弾で粉々になり丸太は死んでいった。少なくとも3000人が実験に動員された。中国・ロシア・モンゴル・韓国人だった。
丸太の悲鳴が天に届いたのか。45年8月に原子爆弾の爆風が広島と長崎を襲った。ガス室のユダヤ人のように、丸太のように、刀で頭を切られた南京の中国人のように、日本人も苦痛の中で死んでいった。放射能被爆まで合わせれば20万人余りが死んだ。
神の懲罰は国を改造して歴史を変えた。ドレスデン空襲から25年後、西ドイツのブラント首相はポーランドのユダヤ人追悼碑の前でひざまずいた。しとしと雨が降る日だった。その後ドイツの大統領と首相は機会があるたびに謝罪し許しを請うた。過去に対する追跡はいまでも続いている。ドイツ検察は最近アウシュビッツで刑務官を務めた90歳の男性を逮捕した。
ところが日本は違う。ある指導者は侵略の歴史を否定し妄言でアジアの傷をうずかせる。新世代の政治の主役という人が慰安婦は必要なものだと堂々と話す。安倍は笑いながら731という数字が書かれた訓練機に乗った。その数字にどれだけ多くの血と涙があるのか彼はわからないのか。安倍の言動は人類の理性と良心に対する生体実験だ。いまや最初から人類が丸太になってしまった。
安倍はいま幻覚に陥ったようだ。円安による好況と一部極右の熱気に目をふさがれ自身と日本が進むべき道を見られずにいる。自身の短い知識で人類の長く深い知性に挑戦することができると勘違いしている。
彼の行動は彼の自由だ。だが、神にも自由がある。丸太の寃魂がまだ解けていなかったと、それで日本に対する懲罰が足りないと判断するのも神の自由だろう。
キム・ジン論説委員・政治専門記者
http://japanese.joins.com/article/766/171766.html?servcode=100§code=140
「神の意志」を勝手にねつ造したり、忖度することによって、過去十字軍やらの大規模戦争が引き起こされたりしたわけで。僕の感覚からすると、アメリカ西部開拓時代に「マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)」なんても、神を利用した悪質なキャンペーンだったと思ってる。
中央日報の例のコラム。その後日本大使館からの抗議で「社の意見ではない」と弁解したそうですが、正社員が書いた記事を掲載したということは、そのまま中央日報の意思、主張であることは間違いありません。言い訳したって無駄ですね。
この記事によると、中央日報の感覚では、交戦中に発生した市民の大量死傷は「神の懲罰、(よくわからないけど)人間の復讐」だというわけですか。
するとなんですか?
150万人から300万人の朝鮮人非戦闘員の死傷者を出した朝鮮戦争も、神の意志、人間の復讐ということになりますね。そうですよね??
そもそも。
「神」とはなにか?
中央日報が信奉する神は、非戦闘員が大量に死ぬことを希望する神ということになりますね。韓国人はプロテスタントが多いそうですが、韓国人が信奉する「神」は隣人愛ってヤツじゃなくて、非戦闘員(特に日本人)が大量に死ぬことを望んでいるというわけですか。ちなみに、某シンシアリーさんのブログによると、韓国のプロテスタント教会では普通に説かれている話だそうですが。
これって、「神の意志」とやらを背景にした、よくある韓国人優越主義に基づく日本人とドイツ人に対する深刻な「人種差別」の一種なんじゃないですかね。それも韓国を代表するメディアの一つの手によるものってことで。
「神の意志」とやらで自分と敵対する集団の大量死を肯定する集団って、カルト宗教ですよ。
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【時視各角】安倍、丸太の復讐を忘れたか
2013年05月20日08時52分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
神は人間の手を借りて人間の悪行を懲罰したりする。最も苛酷な刑罰が大規模空襲だ。歴史には代表的な神の懲罰が2つある。第2次世界大戦が終結に向かった1945年2月、ドイツのドレスデンが火に焼けた。6カ月後に日本の広島と長崎に原子爆弾が落ちた。
これらの爆撃は神の懲罰であり人間の復讐だった。ドレスデンはナチに虐殺されたユダヤ人の復讐だった。広島と長崎は日本の軍国主義の犠牲になったアジア人の復讐だった。特に731部隊の生体実験に動員された丸太の復讐であった。同じ復讐だったが結果は違う。ドイツは精神を変え新しい国に生まれた。だが、日本はまともに変わらずにいる。
2006年に私はポーランドのアウシュビッツ収容所遺跡を訪問したことがある。ここでユダヤ人100万人余りがガス室で処刑された。どれもがぞっとしたが、最も衝撃的な記憶が2つある。ひとつはガス室壁面に残された爪跡だ。毒ガスが広がるとユダヤ人は家族の名前を呼んで死んでいった。苦痛の中で彼らは爪でセメントの壁をかいた。
もうひとつは刑罰房だ。やっとひとり程度が横になれる部屋に4~5人を閉じ込めた。ユダヤ人は互いに顔を見つめながら立ち続け死んでいった。彼らは爪で壁面に字を刻みつけた。最も多い単語が「god」(神)だ。
ナチとヒットラーの悪行が絶頂に達した時、英国と米国はドレスデン空襲を決めた。軍需工場があったがドレスデンは基本的に文化・芸術都市だった。ルネッサンス以後の自由奔放なバロック建築美術が花を咲かせたところだ。3日間に爆撃機5000機が爆弾60万個を投下した。炎と暴風が都市を飲み込んだ。市民は火に焼けた。大人は子ども、子どもはひよこのように縮んだ。合わせて3万5000人が死んだ。
満州のハルビンには731部隊の遺跡がある。博物館には生体実験の場面が再現されている。実験対象は丸太と呼ばれた。真空の中でからだがよじれ、細菌注射を打たれて徐々に、縛られたまま爆弾で粉々になり丸太は死んでいった。少なくとも3000人が実験に動員された。中国・ロシア・モンゴル・韓国人だった。
丸太の悲鳴が天に届いたのか。45年8月に原子爆弾の爆風が広島と長崎を襲った。ガス室のユダヤ人のように、丸太のように、刀で頭を切られた南京の中国人のように、日本人も苦痛の中で死んでいった。放射能被爆まで合わせれば20万人余りが死んだ。
神の懲罰は国を改造して歴史を変えた。ドレスデン空襲から25年後、西ドイツのブラント首相はポーランドのユダヤ人追悼碑の前でひざまずいた。しとしと雨が降る日だった。その後ドイツの大統領と首相は機会があるたびに謝罪し許しを請うた。過去に対する追跡はいまでも続いている。ドイツ検察は最近アウシュビッツで刑務官を務めた90歳の男性を逮捕した。
ところが日本は違う。ある指導者は侵略の歴史を否定し妄言でアジアの傷をうずかせる。新世代の政治の主役という人が慰安婦は必要なものだと堂々と話す。安倍は笑いながら731という数字が書かれた訓練機に乗った。その数字にどれだけ多くの血と涙があるのか彼はわからないのか。安倍の言動は人類の理性と良心に対する生体実験だ。いまや最初から人類が丸太になってしまった。
安倍はいま幻覚に陥ったようだ。円安による好況と一部極右の熱気に目をふさがれ自身と日本が進むべき道を見られずにいる。自身の短い知識で人類の長く深い知性に挑戦することができると勘違いしている。
彼の行動は彼の自由だ。だが、神にも自由がある。丸太の寃魂がまだ解けていなかったと、それで日本に対する懲罰が足りないと判断するのも神の自由だろう。
キム・ジン論説委員・政治専門記者
http://japanese.joins.com/article/766/171766.html?servcode=100§code=140
今回は乙武さんが悪いと思うよ
うーむ。。。。。
今回、乙武さんが悪いと思うよ。
配慮が足らなかったと思う。
障害者の人に酷いことを言うけどさ、障害者の人は他人の手を借りることが多いわけで、やっぱりそれが「あたりまえ」になっちゃまずいんじゃないかな。
レストランに事前に伝えておけば、受け入れ体制が用意されるか、あるいは店側がケアする自信がなければ断ったと思うんだよ。
僕もしょぼいながらセミナーを取り回したりしています。
特別なリクエストを申し出るゲストに悩むことはあります。
「(他のゲストを含む)周りの人が助けてくれるから気にするな!」という楽観論を僕は採りません。周りの人たちに助けてもらえたら「ラッキー」なのであって、基本は自分たちスタッフで完璧にケアできるように計画、手配を行います。「ラッキー」は当てにしてません。「ラッキー」を当てにして計画を立てる人の気が知れません。
しかも今回彼は店名をTwitterで晒したわけで、これはリンチですよね。
炎上するのはわかっているわけですから。
乙武さんは差し出される介助の手があたりまえになっていて、介助の手を用意する側への心遣いが足らなかったのが今回の騒動の根本にあったんじゃないでしょうか。
J-CASTニュースは「車椅子なら事前連絡が必須?」と煽りタイトルをつけているけれど、必須なんじゃなくて、お互いに気持ちよくサービスを提供、サービスを受けるためにはお客側も配慮、心遣いは必要なんじゃないでしょうかね。
========================================
車椅子なら事前連絡が必須? 乙武洋匡を「入店拒否」にした店に賛否
2013/5/19 16:00
予約していた人気レストランへ到着すると「車椅子だから」と入店拒否された―。作家、乙武洋匡さん(37)が「銀座での屈辱」として語った入店トラブルが波紋を呼んでいる。
名指しされたレストランはツイッターで事情を説明するも、「どんだけ殿様営業やねん」と批判が集中。ホームページも一時サーバーがダウンしてしまうほど大騒ぎになってしまった。
乙武さん「こんな経験は初めてだ」
事の発端は、乙武さんが2013年5月18日に投稿したこんなツイートだった。
「今日は、銀座で夕食のはずだった。『TRATTORIA GANZO』というイタリアンが評判よさそうだったので、楽しみに予約しておいた。が、到着してみると、車いすだからと入店拒否された。『車いすなら、事前に言っておくのが常識だ』『ほかのお客様の迷惑になる』――こんな経験は初めてだ」
乙武さんがこの日訪れたのは、東京・銀座6丁目にある人気イタリアンレストラン。雑居ビルの2階に位置する全12席の小ぢんまりとした店内は、所謂“隠れ家レストラン”といった趣だ。
こちらのエレベーターは2階に止まらないため、階段を利用する必要がある。乙武さんは「下まで降りてきて抱えてほしい」と申し出たのだが、店主から「それはホームページにも書いてあるんだけどね」「忙しいから無理」と断られ、結局、料理を味わうことなく店を後にしたという。
店側「車椅子の方をお断りするつもりはありません」
乙武さんは、「ひどく悲しい、人としての尊厳を傷つけられるような思いをする車いすユーザーがひとりでも減るように」と店名を公表。車椅子利用の事前連絡を怠ったことについては非を認めつつも、店主の「まるで心が感じられない対応」に不満を露にする。
一連のツイートが60万人を超えるフォロワーに届くと、ほどなくして店主のツイッターには、さまざまなコメントが寄せられた。「車椅子なら事前連絡は当たり前」という擁護の声も少なくないが、「どんだけ殿様営業やねん」「早急に接客業辞めて下さい」などの批判も多く、釈明に追われることに。
店主は謝罪した上で「事前に事情がわかっていれば入り口に近いお席にご案内して入店のストレスを軽減したり、ほかのお客様の入店時間をずらしてスタッフがご案内できる余裕を持たしたり対応させていただきました」と断った事情を説明した。またホームページ上に掲載した文章では、「決して車椅子の方をお断りするつもりはありませんし差別もしておりません」と断言し、店主と新米スタッフ1人の計2人で営業していることや、店のバリアフリー環境が悪いことなども明らかにした。
一時はサーバーがダウンするほどアクセスが集中し、知る人ぞ知る人気店が思わぬ形でネット上の有名店となってしまったが、現在では乙武さんも「ぜひ、次回は事前に車いすである旨をご連絡してからお伺いしますね!」と和解しており、騒ぎも次第に治まりつつある。
http://www.j-cast.com/2013/05/19175358.html?p=all
今回、乙武さんが悪いと思うよ。
配慮が足らなかったと思う。
障害者の人に酷いことを言うけどさ、障害者の人は他人の手を借りることが多いわけで、やっぱりそれが「あたりまえ」になっちゃまずいんじゃないかな。
レストランに事前に伝えておけば、受け入れ体制が用意されるか、あるいは店側がケアする自信がなければ断ったと思うんだよ。
僕もしょぼいながらセミナーを取り回したりしています。
特別なリクエストを申し出るゲストに悩むことはあります。
「(他のゲストを含む)周りの人が助けてくれるから気にするな!」という楽観論を僕は採りません。周りの人たちに助けてもらえたら「ラッキー」なのであって、基本は自分たちスタッフで完璧にケアできるように計画、手配を行います。「ラッキー」は当てにしてません。「ラッキー」を当てにして計画を立てる人の気が知れません。
しかも今回彼は店名をTwitterで晒したわけで、これはリンチですよね。
炎上するのはわかっているわけですから。
乙武さんは差し出される介助の手があたりまえになっていて、介助の手を用意する側への心遣いが足らなかったのが今回の騒動の根本にあったんじゃないでしょうか。
J-CASTニュースは「車椅子なら事前連絡が必須?」と煽りタイトルをつけているけれど、必須なんじゃなくて、お互いに気持ちよくサービスを提供、サービスを受けるためにはお客側も配慮、心遣いは必要なんじゃないでしょうかね。
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車椅子なら事前連絡が必須? 乙武洋匡を「入店拒否」にした店に賛否
2013/5/19 16:00
予約していた人気レストランへ到着すると「車椅子だから」と入店拒否された―。作家、乙武洋匡さん(37)が「銀座での屈辱」として語った入店トラブルが波紋を呼んでいる。
名指しされたレストランはツイッターで事情を説明するも、「どんだけ殿様営業やねん」と批判が集中。ホームページも一時サーバーがダウンしてしまうほど大騒ぎになってしまった。
乙武さん「こんな経験は初めてだ」
事の発端は、乙武さんが2013年5月18日に投稿したこんなツイートだった。
「今日は、銀座で夕食のはずだった。『TRATTORIA GANZO』というイタリアンが評判よさそうだったので、楽しみに予約しておいた。が、到着してみると、車いすだからと入店拒否された。『車いすなら、事前に言っておくのが常識だ』『ほかのお客様の迷惑になる』――こんな経験は初めてだ」
乙武さんがこの日訪れたのは、東京・銀座6丁目にある人気イタリアンレストラン。雑居ビルの2階に位置する全12席の小ぢんまりとした店内は、所謂“隠れ家レストラン”といった趣だ。
こちらのエレベーターは2階に止まらないため、階段を利用する必要がある。乙武さんは「下まで降りてきて抱えてほしい」と申し出たのだが、店主から「それはホームページにも書いてあるんだけどね」「忙しいから無理」と断られ、結局、料理を味わうことなく店を後にしたという。
店側「車椅子の方をお断りするつもりはありません」
乙武さんは、「ひどく悲しい、人としての尊厳を傷つけられるような思いをする車いすユーザーがひとりでも減るように」と店名を公表。車椅子利用の事前連絡を怠ったことについては非を認めつつも、店主の「まるで心が感じられない対応」に不満を露にする。
一連のツイートが60万人を超えるフォロワーに届くと、ほどなくして店主のツイッターには、さまざまなコメントが寄せられた。「車椅子なら事前連絡は当たり前」という擁護の声も少なくないが、「どんだけ殿様営業やねん」「早急に接客業辞めて下さい」などの批判も多く、釈明に追われることに。
店主は謝罪した上で「事前に事情がわかっていれば入り口に近いお席にご案内して入店のストレスを軽減したり、ほかのお客様の入店時間をずらしてスタッフがご案内できる余裕を持たしたり対応させていただきました」と断った事情を説明した。またホームページ上に掲載した文章では、「決して車椅子の方をお断りするつもりはありませんし差別もしておりません」と断言し、店主と新米スタッフ1人の計2人で営業していることや、店のバリアフリー環境が悪いことなども明らかにした。
一時はサーバーがダウンするほどアクセスが集中し、知る人ぞ知る人気店が思わぬ形でネット上の有名店となってしまったが、現在では乙武さんも「ぜひ、次回は事前に車いすである旨をご連絡してからお伺いしますね!」と和解しており、騒ぎも次第に治まりつつある。
http://www.j-cast.com/2013/05/19175358.html?p=all
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