BLマンガで欠かす事のできない存在の一人、定広美香。
中村春菊の「純情ロマンチカ」がお子様向けボーイズラブだとしたら、定広美香作品はBL上級者向け。「純情ロマンチカ」は好きだが、それはファミレスでオムライスを食べるのと、安永年間創業の老舗うなぎ屋で特上鰻重を食うくらいの差がある。業というか、情念の量が圧倒的にちがう。
定広美香は「love songs」あとがきに、こんな言葉を残している。
15才がわたしの分岐点。
それまでは友だちに読まされた(なかば強制的に)『J○ne』も『風と○の詩』も、わたしにゃミステリーゾーンだった。
嫌悪感すら抱いていた。
でもそんな15のある日の事。
チャレンジャー定広は「どれだけキモ悪かためしに描いてみよ!」と、いきなりヤロー同士のHシーンにトライした。
その瞬間からだ、「くさやのひもの」状態になったのは。
なかなか業が深くてよい。
定広美香のすごいところは、彼女は1990年頃には作品を発表しているようだが、おそらく1995~2000年くらいに画風が完全に確立し、それ以降ほとんど変わっていないことだろう。ある時期から手前は、いったいいつ描かれたものなのか意識できない。手塚作品の抜群の安定度をみているようだ。
僕にとって、定広作品はなんというか、懐かしい味のする駄菓子のような大切な作品群だ。
ギャグに走ればヤマジュンの香りがし、海外を描写すればアメリカングラフィティのやるせなさがある。バイク少年達の葛藤と熱さには少年マンガでの取り上げ方との違いを堪能し、そして何よりも、芸能界ネタに潜む「真夜中の天使」の叫びを懐かしく思う。
若い腐女子(そんな人がいるのかどうか)は気にしないだろうが、定広美香はやおい→June→現代BLの流れの中で、未だに命を永らえているシーラカンスなのだ。すでに絶滅してしまったカルチャーを伝え、いま……終焉を迎えようとしている、のだろうか。彼女の代表作である「アンダーグラウンドホテル」の続編の掲載誌がないとか言ってるくらいだから。
以前、2003年~2007年に発表された作品群を「定広豊穣の時代」と書いた事がある。
いまでもその認識は変わっていないが、2000年前後に発表された「RUBinLOVE」と「love songs」はJune時代の狂気をはらんだダークな空気と、一方でまるでBANANA FISHの番外編にでも使えるような「くらげ」が収録されていたりして、定広作品の方向性が徐々に変わってゆくさまをみる事ができる。「love songs」のような繊細画風の表紙は、これが最後だったと思う。
ちなみに、この頃から定広美香はハード路線だった。
ヤマジュンと言えばあのセリフ「いいこと思いついた。お前 俺のケツの中で……(以下自粛)」が有名だが、それから約10年後に定広が同じことをやっている。これ、いつか広まるんじゃないかと思っていたが、今日まで広く知られる事はなかったなあ。
正直なところ、同じことをやっていてもヤマジュンに比べ画力の差が圧倒的すぎる。
セリフはキャッチーなヤマジュンに軍配が上がるかもしれないが。
定広の作品は大体読んできたが、なぜか「RUBinLOVE」に収録されている「くらげ」という小作品が記憶に残っている。
なぜ日本人の少年がニューヨーク コニーアイランドの遊園地でバイトしているのか不思議で仕方なかったが、これ、読者が勝手に騙されているだけで、この遊園地は別にニューヨークにあるわけでもないらしい。この頃の定広は「コニーアイランド・ジェリーフィッシュ」という文句で読者を騙せる魔法の力があった。
1.絵柄
いつもながらの定広美香クオリティ。明日も定広、永遠に定広、みたいな。
2.ストーリー
定広の過渡期にあたる作品じゃないかと思う。当時の定広はややダーク・ハード路線で、コミックスもそれがごちゃごちゃに詰められていた。その後、2003年くらい以降、ダーク・ハード路線と、それ以外のライト作品に分岐してゆく。
3.エロ度
エロイよ、エロエロ。ボディラインも、やってることも。
イマドキのBL作家で、ここまで安定した画風を続けられる人は他にいないだろう。
4.まとめ
いろいろと評価は分かれるだろうが、ボーイズラブのある一面を支えてきたのは定広美香であると僕は思う。BL上級者の本棚で、定広美香作品は生き続けるのだろう。No 定広、No BL。定広の終わる日、時代の終焉を感じて僕はブルーな気分に陥るにちがいない。
定広美香「RUBinLOVE」(1999年コミックス化)
定広美香「love songs」(2001年コミックス化)
絵柄 :★★★★★
ストーリー :★★★★☆
エロ度 :★★★★★
コレクターズアイテム度 :★★★★★
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)
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