BL漫画レビュー:宝井理人『テンカウント』

美人系キャラクター造形に定評ある宝井理人作品。
「セブンデイズ」「花のみぞ知る」シリーズ、「花のみやこで」いずれもがベストセラー上位に長くランクインされていたことからも、人気度合いがうかがえますね。

「黒瀬くんといると、少しだけ普通の人になったみたいに錯覚する」

潔癖症の社長秘書・城谷は
偶然出会ったカウンセラーの黒瀬から、
潔癖症を克服するための
個人的なカウンセリングを受けることになる。
10項目を1つずつクリアする
療法を進めるうち、
次第に黒瀬に惹かれていく城谷だが……?

無愛想なカウンセラーと
潔癖症の社長秘書、
センシティヴな恋のセラピー。


「潔癖症」に苦しんでいる人がいる以上、やたらなことは言えないけれど、これはJUNEの匂いのする懐かしい系の作品。と僕は決めつけているけれど、それはかつて故中島梓(=栗本薫)がトラウマが原因で「人間の顔が野菜や果物にしか見えない」という主人公の作品を絶賛していたことを思い出させるからだ。その作品のあらすじを引用してみる。

高校二年の立野宇宙(たつの・たかおき)は、人間嫌いで孤独を何よりも愛している。理由は簡単、人の顔が人に見えないからだ。小学生のときに負ったトラウマで、みんなの顔が野菜や果物に見える。そんな宇宙に好意を持ち、友達になりたいと歩み寄ってきたのは、同級生の千葉くん。だが宇宙には、彼の顔がジャガイモにしか見えないのだった……。
表題作はJUNE小説の代表的な作品のひとつ。紙書籍での刊行時には、中島梓・小説道場主より、「最初にこの作品を読んだとき『これがJUNEなんだ』と思いました。この暗さ、この内向、このたよりなさ、この浮遊感。さよう、『これがJUNEだ』と思う気持ちは、いまもまったく変わりません。」との推薦文が寄せられた。
『野菜畑で会うならば 』 佐々木禎子


この小説のレビューにはこんな秀逸なものがあります。『十代のころは「他人と違うこと」「自分だけがはずれて、浮きあがっていること」がとてもおそろしく、それでいて心のどこかでは自分だけが違っていたいという思いを抱えている人が多いのではないでしょうか。表題作の主人公にとって、その相反した思いはとても顕著に、他人が野菜や果物に見えるというかたちで表れているのですが、物語の途中で彼はそのからくりに気づいてしまいます。野菜と果物の国にある日やってきた人間の顔を持つ少年の、その視線が自分を避けることを知って主人公ははじめて、自分がいかに「どこにでもいる、大勢のうちの独り」であったかを知り、かといって一足飛びに成長することもできず、ほんとうの混乱を知り、ほんとうに狂うことができるようになります。』

ざっくり言えば、この現象は思春期特有のナルシズムとも言えるだろうし、いまだったら厨二病をこじらせやがってって流されて終わりだろう。だけど前世紀の終わりのころ、親子関係、周囲との人間関係を上手く構築できない(主として)女性たちが、こういうテーマで小説を執筆して投稿していた時代があったのだ。

自分は特別飛び抜けた存在じゃない。
大勢の中のひとり。
だけど愛されていないわけじゃない。
誰かを愛しちゃいけない存在でもない。

傷ついたり、想いが受け入れられたり、紆余曲折があって「世界」と和解すること、現実を受け入れて一歩前へ歩み出す、少しだけオトナになることがJUNEの卒業だった。卒業するのは作中の登場人物たちであり、現実の執筆者であり、そして読者たち全員だった。

前振りが長くなったね。
精神医学、心理学での「潔癖症」の正しい分析とは別に、JUNEの世界を見てきた僕には、主人公「城谷」の行動は、世界を受け入れられないで苦しんでいる人の1つの行動現象なんだろうなと思ってる。


最初のモノローグ「この世にあるものは全て汚い」は「世界」に対する拒絶だし、逆に「自分は特別な存在」という認識の裏返しでもある。続くモノローグを読み解けば、潔癖症で苦しいけれど、世界との接触を最低限にすることで生きて行くことは出来る、すごく孤独でさみしいけれど。

 城谷は苦しんでいる。
彼が子供の頃、大人と手をつなぐことは嫌なことではなかった。
トラウマになったのは、たぶんその大人との人間関係が破壊されたからだろう。
また、彼は潔癖症が故に、交通事故の現場で、事故に遭った彼が敬愛する社長に手をさしのべることを躊躇した自分に傷ついている。また、愛する人、敬愛する人と触れあえないことに密かに苦しんでいる。社長から直接触れないように配慮されて手渡された手帖をアルコール消毒している時に、城谷は自己嫌悪に陥っている。

偶然知り合ったカウンセラー黒瀬と暴露療法を始めることで、城谷は「このくらいなら僕も出来るんだ」と自信を持てるようになる。


人生の穴にはまり込んでしまったとき、伴走者がいてくれることは心強い。
城谷にとって、当面の目標は「普通の人になる」ことだった。
「一歩外に出ると不快なことだらけだ」と手を洗い続けている城谷が、黒瀬のサポートを受けて少しずつ「世界」を理解し、「世界」と和解して行くのだろう。

「黒瀬くんといると、少しだけ普通の人になったみたいに錯覚する」というセリフは、城谷が「人から人間という存在に変わってゆく未来」を感じさせる。

1.絵柄
とても繊細で美しい。わりと王道BL絵柄なんだけど、今風の繊細さを兼ね備えている。古い時代からBLを眺めている人間には、妙な懐かしさ、安定感を感じたりもする。

2.ストーリー
すでに語り尽くしたとおり。潔癖症の社長秘書城谷と、カウンセラー黒瀬の物語。流れ的には世界との和解と、恋の成就が実現するのだろう。なんとなく城谷の潔癖症克服と恋愛成就の間にタイムラグがあって、城谷が苦しむ展開があるんだろうな。

1巻の最後で「俺だけが、また0に戻る」というモノローグがある。
城谷が黒瀬に恋しているという以上に、人とのつながりがなくなってしまえば0になってしまうという本質的なことに苦しむ段階に、城谷が成長できたということなんだろうと僕は考えている。もっとも黒瀬も人間関係に難ありって感じもするが。

3.エロ度
第一巻は表紙の城谷のヘソチラ見せだけ。エロはなし。

4.まとめ
今後の展開に期待が持てます。第2巻発売が楽しみ。

絵柄 :★★★★☆
ストーリー:★★★★☆
エロ度 :☆☆☆☆☆
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)

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