これはすでに2016年Best of Bestの可能性を秘め、そして、滅び去ったいにしえの「JUNE」とは何だったのかについて興味のある人にとってはバイブルになるであろうことを、最初に告げておきたい。
この国には、鴆(ジェン)という鳥人がいる。
有毒の食物を好んで食べ、
体内に溜め込んだ”毒”を”色”に変えると
鮮やかで美しい羽をつくる。
毒の強さは鴆の誇りだった。
しかし、いつしか人々は
その羽の美しさに魅せられ、
より美しい鴆を飼うことをステータスとするようになり……。
一番美しい鴆と名高いツァイホンと、かつてツァイホンの毒によって
兄を殺されたフェイ将軍。
憎しみと愛が交わる人外BL--!
あーっと、まず最後の一行でどん引きしてしまう人がいるから、まず1クッションおこう。
ホモマンガの世界では「ケモホモ」と呼ばれるジャンルがある。ホモの世界では「熊系」つまり身体のでっかい熊のような体型の人、「ウルフ系」つまり毛深い(ただし太ってはいない)が好きなグループがいる。そして、ホモマンガの世界ではなぜか獣の熊やらを擬人化したジャンルがあって、一部の好事家を虜にしている。僕は…熊同士の正常位なんか見たくないぞ、ってことで触らないことにしているが、一定のマーケット規模はあるようだ。こちらはほとんどが同人の世界で、商業作品として世に出ることはあまりないと思う。
一方、人外BLの世界では、僕の知っている限りでは犬、猫が人間化して交わっちゃう商業作品はかなりある。たとえば左京亜也のクロネコ彼氏シリーズとか。あるいは寿たらこSex Pistols、わたなべあじあのROMEOのように亜人間というかSFファンタジー系の設定。あとは妖怪、怪奇系のダークファンタジー系かな。いずれもややマニアックな系統に属する作品たちではないか。本作品は鳥人間だが、まあケモホモ系ではないので安心して欲しい。
書店のBLコーナーにたたずんでいる腐女子たちは、見た感じ30〜40代以上の感じがする。だからいまさら「JUNEってなんぞ」ということを説明する必要はないのかもしれない。一方でジェンダー系の分野で「BLとはなにか?」みたいな論文を書いている人には、BLの先駆的な世界であった(つまり今ではほとんど絶滅した)JUNEの本質を知るには、「鴆-ジェン-」は1冊でそのほとんどをカバーしている希有な作品であるとおすすめできる。
JUNEの本質とは何だったのか。
そのコアは「赦しと他者承認の物語である」と言い切ることができる、と僕は思う。
そのコアに対し、誰視点で物語が進むのかによって、多少のアイテムの出方が変わってゆく。
=== 以下、全面ネタバレなので注意 ===
鳥人の飼育士を鴆飼(ジェンシー)と呼ぶ。
元鴆飼で、現在将軍(=武人)となったフェイは、自分の仕える太尉が飼う鴆ツァイホンの世話を命じられる。ツァイホンは国一番の美しさと呼ばれる鴆であったが、フェイの兄で鴆飼のランをかみ殺した過去があった。毒を身体に溜め込む鴆に咬まれると、毒が回って人間は死んでしまうのだ。ランを殺したツァイホンのそばに手紙が落ちていた。「太尉殿 お約束通りツァイホンをお譲り致します。ただし一つお願いがございます。何があっても鴆の処分だけはされませぬよう。ツァイホンをどうか宜しくお願いいたします」と。
「何でラン様はツァイホンを売る気になったのでしょう。あんなに…我が子のように可愛がっていたのに…」
ある晩、フェイとツァイホンは話をする。
「…なあお前、兄を助けてくれてたのだってな。今日初めて聞いたよ。」
肩を貸したり、物を持ってきたり、家でも、家の外でも。
「なにも知らなかった、ずっと家を出てたから、兄が足を悪くしてた事さえ知らなかった…すまなかった」
フェイは兄弟の過去について語った。
「私が飼っていた鴆も、手が好きだったんだよ。おまえと同じで人の手が好きで、おまえと違って色は悪い。でも可愛い奴だった。おまえと違ってよく懐いていたし。とは言え時折咬まれていたけどな」
なぜ咬まれて死ななかったのか?というツァイホンの問いに対して、フェイの答えはこうだった。その鴆は自分の身体から毒を抜ききれと言った。羽の色は抜け落ちるし、心身ともに苦しかっただろう。それでもその鴆は望んだのだ。「私らに害を為さないようにしてくれ」と。
「でも客に殺されてしまったよ。美しくない鴆など価値はないんだと。後悔したよ。私ら兄弟からしたら可愛くて仕方ない奴だったから。こいつならどこの家へ行こうと可愛がってもらえる……そう思ってしまったんだ」
「だから私はもう鴆を飼わないし、兄は『美しければ良いのだ』…と。美しければ幸せになれる筈だ…とな」
「-…害を為さない--…ように…か…」
フェイが去った後、ツァイホンはぽろぽろと涙を零す。
西の国境での戦に出征したフェイが戻ってきたとき、ツァイホンの姿はなかった。
フェイが出征した日から、ツァイホンは餌を拒否するようになった。
餌を食べずに暴れるツァイホンを、太尉は「こんな手のかかる鴆はもう要らないから、どこか山奥へ逃がしてやれ、処分ではないから義理は欠いていない」…と檻の外に放したのだった。
ツァイホンを探して回るフェイ。
何でラン様はツァイホンを売る気になったのでしょう。
「本当、何でだろうな。共に暮らしていれば、兄さんもあいつももっと違う未来があったかもしれないのに」
ツァイホンは空き家となって荒れ果てたランの家で、ぼろぼろの姿で倒れていた。
慌てて餌を口に運ぶフェイに「おまえは、本当に酷い奴だな!」とツァイホンは睨んだ。
そしてフェイの問いかけにツァイホンが答える。
「ランは欲目で私を売ったんじゃない……飼えなくなったんだよ……話すよ、全部私のせいだから」
「おまえをこの国で一番美しく、そして幸せにする。それが私の使命なんだよ」
しあわせに?
だったらラン…私…もっとランの傍に居たい。
なんで手入れが済むと行ってしまうんだ?
私、ランの家族になりたい。
「私、ランに、とんでもない事を望んでしまった」
「それからランは、本当に私を自分の子のように扱ってくれた。私も間違って咬まないように訓練して、啼けば来てくれて傍に居てくれて、あの優しい”手”で撫でてくれる。--…私は 幸せだった」
ありがとうツァイホン--私は妻子も居ないけど、おまえが家族になってくれて嬉しいよ。
「私、きれいな羽をくれたランに…やっと恩返しができる-そう思っていたんだ」
ある日、ツァイホンはランと薬師の話を立ち聞きしてしまう。
あんたの身体はもう、毒が回り切ってるじゃないか。
ランはツァイホンも人に譲る事にしましたと告げた。
「私がそうしたいから置いていただけです。それでも、あの子はやさしいから、自分の毒で私が死んだと知ればきっと悲しむと思うので、出て行った後なら病死とでも何でも誤魔化せるでしょう……あの子には恨まれるでしょうけど」。
ランが倒れ込んだ夜、ツァイホンはランを咬んで殺した。
一咬で絶命できる牙からの毒とは違い、吸い込んで溜まった鴆の毒は死ぬまで苦しみが続くのだった。
敵討ちでもなんでもしろと言うツァイホンに、フェイはこんなことを言う。
「私ら兄弟が何故妻を娶らなかったか分かるか?鴆飼いだからだ。もし何かあれば遺された家族はその鴆を恨むだろう。家族は、私たち兄弟だけでいいと」
「私は結局、鴆飼も辞めて家を出てしまった。唯一の家族だった兄も捨てて…!!」
「おまえはそんな私に代わって、兄の家族になってくれたのだろう?……なら、もう十分じゃないか。おまえがさっき幸せだったと話してくれただろう。あのときのおまえを見て、兄もきっと幸せだったろうなと思ったよ」
ツァイホンに咬まれ、絶命するランが最期にこう言い残したという。
「新しい主には、私の弟が仕えているんだ。困った事があれば弟に相談するといい。おまえが何をしたって絶対に見捨てない。きっとおまえの望みも叶えてくれる。きっとこの国一の鴆にしてくれる。おまえをひとりにはしない」
フェイは将軍職を辞して、屋敷も引き払った。目撃者が語る。
「びっくりしたよ。あんな鴆今まで見た事なかったから……真っ白な、雪みたいな奴だったのさ」
=== ネタバレここまで ===
JUNEのキーアイテムは、家族、誤解、喪失、片想い、受容、死、遺された想い、引き継がれる想い(親だったり元恋人だったり)、子供だったが故に気づかずに誰かを傷つけてしまった後悔とそれ故の周囲との拒絶・隔絶・孤立、幸不幸、自己否定、あなたが知らなかっただけであなたの存在が誰かを幸せにしていたんだよという福音、絶対におまえをひとりにはしないという救い……だいたいこういう物が出てくると考えたらいい。『鴆-ジェン-』はほぼ全部入りだ。JUNEってなにかについて知りたければ、本作品でだいたい理解できるだろう。
1.絵柄
架空中華世界。表紙と口絵1枚以外はモノクロの世界なのに、なぜかフルカラーの絢爛豪華な色彩を感じる。
人外の鳥人と中華コスチュームがファンタジー感を高めている。
2.ストーリー
すでに書いたとおり。自分としては最高クラスの賛辞を送りたい。すばらしい、こんな作品が出てくるからBLは侮れないのだよなあ。
3.エロ度
獣姦ってわけじゃないし、まあ腕の代わりに翼があって、足首から先は鳥足だけどまあ、別にそっち方面に興味がない人にはエロいもなにも興奮はしないわな。昔インコを飼っていて、盛ってる姿を見慣れているせいかもしれぬが。
4.まとめ
絶賛、それ以外の言葉が見つからない作品。僕はこの作品に出会えて幸せでした。
たくさんの人に愛されて欲しい。
絵柄 :★★★★★
ストーリー:★★★★★ (さらに★を2つくらい差し上げたい)
エロ度 :★★★☆☆
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)
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