1時間ほど窓の外を眺めていただろうか。プルマンホテルG の27階西に広がる風景は、カクテルグラスに注がれたマンダリンオレンジのような、赤々として濃厚な橙色に染め上げられ、チャオプラヤー川が鈍い光を放っている。東の空には高層ビル街を濃紺の宵闇が包んでいる。刻は17:00。僕たちは席を立った。
プルマンホテルGのフロントで、迎えが来るのを待った。車寄せにワンボックスカーが横付けされ、何人かの相客らとともに僕たちは暮れなずむバンコクの街を移動する……ものだと思い込んでいた。
意外なことに、僕たちを迎えにきた男はホテルの中から現れた。想像してみて欲しい。暮れなずむバンコクの街で、丹下段平のような初老の男が「お迎えに上がりました」なんて声をかけられたら、まっとうな神経の持ち主ならば、「これは相当怪しい。自分たちは危険な状況に飛び込もうとしているんじゃないか」と訝るはずだ。
僕らもちょっとびびりながら、だが、その男が今夜ラチャダムヌンスタジアムで開催されるムエタイのチケットを持っているのを確認し、彼の案内について行く。ホテルのゲストパーキングには、古ぼけたレガシーが停まっている。僕らが後部座席に収まると、男の器用なギアレバーに導かれ、レガシーは夜の街を疾走する。
ラチャダムヌンスタジアムに到着したのは日没後。丹下段平からスタジアムスタッフに引き渡された僕らは、今宵の見物席に案内された。
そこは無影灯の世界であった。高い天井から真白い光を放つ大光量のリング照明が吊され、ビートの効いたサウンドが響き渡る、大きな空間が目の前に広がっていた。僕らが案内されたのはリングサイド一列目、しかも赤コーナーの拳闘士たちがリングに駆け上る階段の脇にあった。
試合が始まるのは19:00。1時間近く前に案内された頃は、リングサイドには僕らを含めて数組の外国人がいるだけだった。賭け事をする現地人が収まる金網がけの3階席は無人のまま。そして19:00が近づくにつれて、リングサイドは観光客と、拳闘士の関係者たちで埋まっていった。
ムエタイは3分×5ラウンド。だいたい7組位の試合が行われる。現地人の賭の対象なので、3ラウンドまではお手並み拝見。4、5ラウンドで本気を出す、といった状況だった。
僕らの座っている席の横を、赤コーナーの拳闘士たちが駆け上がってゆく。
試合が始まる前に、ワイクルー・ラムムアイ の儀式が賑々しい音楽とともに供される。褐色の肌の選手二人はロープに沿ってリングの中を一周し、跪いて三度、父、母、師に向かって礼をする。その緊張を孕んだ優美な舞が終わると、あとはズドン、ドスンと肉を打つ鈍い音が響き合う物騒な箱に変貌する。暑い国の、民族音楽の激しいビートは、ファイターそしてギャラリーを酩酊の世界へ連れ去ってしまう。
参考までに、ムエタイ音楽の映像はこちら。
クオリティは非常に高い。
ここからは、僕が自分で撮ってきたもの。
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