BL漫画レビュー:草間さかえ『マッチ売り』『やぎさん郵便』

僕にとって長く忘れられていた草間さかえ作品。
ふたたび手に取ってみると、なんというおもしろさ。味わい深さか。
なんだろう、たぶん昔読んだ「肉食獣のテーブルマナー」あたりと相性が悪くて、そのあと食わず嫌いしていたのだと思う。

返ってきた本のページにまぎれていた恋文。
宛名があるはずの1枚目は無い。
文末の署名は本を貸した友人の名。
その友人は急に東京を去るという。
それは渡せなかった手紙の所為か。
トンネルの向かいには闇のマッチ売り花城青司が立つ。
煙草を吸うため花城から燐寸を貰い待ちぼうけのいきさつを話す。
「何一つお前のせいじゃねえよ」とお人好しの廣瀬に惹かれはじめた花城はー。

恋文で人生を狂わされた男たちが絡み合う人間関係と感情の中で選ぶ運命の相手とは。

不思議な作風のBLコミックだ。
時代設定は敗戦から何年か経った後の東京。
なんだろう、隠微さ、官能、直情、静謐、優しさ、そしてまったくの日常、それらが幻想の昭和となって僕たちの前に立ち現れてくる。

いまではほとんど廃れている「はず」だけど、東京の各所に同性愛者たちが集まってくる発展場があった。古い昭和の時代だと、「男娼の森」と呼ばれた上野公園、外専向けの日比谷公園、そして都内最大級の発展場「権田原」なんかが有名だった。例えば三島由紀夫の「仮面の告白」に軽く描写されているけれど、男が男をナンパする、あるいは男を買うような場所が街の中にいくつもあったのだ。ビルの影で、木立の中で、同性愛者たちの吐息が絡み合う隠微な空間は、いまも存在している。


マッチ売りの花城青司が立ちんぼをしていたトンネルは、いったいどこにあったのだろうか。戦争での被弾が原因で勃起できなくなった男に身体をまさぐられている……強烈なファンタジーでありながら、でも5、60年前には、たぶん実際に存在していても不思議じゃない。「マッチ売り」の主人公花岡青司と廣瀬清高のカップルは、夜になると男に身体を売ってる花岡と、まっさらないいとこのお坊ちゃん廣瀬の恋愛物語。トンネルに立つ男娼という刺激的な設定のわりに、実はあまりドロドロしていない。この物語は、もう一組のカップル澤陣一郎と有原岑生の方が味わい深い。

僕は有原岑生がこの作品の主人公じゃないかと思っていたくらいだ。
手紙の宛名廣瀬清高の明るい力強さに比べ、有原岑生のうつむき加減の柔らかさ、色っぽい黒子、着物に深く隠されたしなやかな肉体。しかし、ややSの気がある澤に組み敷かれて激しいセックスに巻き込まれる有原の身体には、実は前の男に暴行されて出来た浅い傷がいくつもある。この青年はいったいどんな体験をしてきたのだろう。

花岡・廣瀬カップルに比べて、有原岑生を取り巻く描写は、むしろBL的常識からは例外的なほど贅沢に描かれている。まるで三島由紀夫の小説のようだ。

雪降る東京。
この街のどこかにある連れ込み旅館。
ひとりで目覚めた朝。
身体にいくつも刻まれた情事の痕。

着物をまとい、連れ込み宿の女将を探す有原。
人影のない部屋で湯気を立てている薬罐。
細い格子の向こうから雪をかく音。
老婆からシャベルを受け取って、雪をどけた後「東京の雪は重いなあ」と呟く有原。
いい子なんだよ。
読者はもう彼のことを好きになっている。

他のページでも描写されている有原岑生の内気、直情、素直さ、流されやすさ、行き場を失った宙ぶらり感、エロい黒子、そして身体に刻みつけた官能。いずれもが澤を煽り、そして読者の目を惹き付けてやまない。



草間さかえは、恋愛と情事の間の間合いが物語に奥行きを作り、読者を登場人物に感情移入させることを知り抜いているようだ。

1.絵柄
さっぱりとした絵柄。登場人物たちが脱ぐと、わりと筋肉質できれいなボディライン。背景を省いた独特の作風は好き嫌いが分かれるところかな。

2.ストーリー
敗戦後の東京が舞台のファンタジー。「マッチ売り」カップルより、「やぎさん郵便」カップルの方が数段官能的だと思う。まだ解き明かされていない秘密がいくつかあるようで、完結編第3巻が待ち遠しい。

3.エロ度
わりとガッツリとエロイ。

4.まとめ
草間さかえを再発見した、僕にとっては掘り出し物の作品。文学っぽいBLが好きな人にはぜひオススメしたいと思う。

絵柄 :★★★★☆
ストーリー:★★★★★
エロ度 :★★★☆☆
(あくまで個人的主観に基づく★の数です)

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