晩ご飯はパンケーキだった。
いや、朝からそれ以外は考えられないくらい、パンケーキな気分だったのだ。
星乃珈琲店へ行き、二段に重なった"窯焼きスフレパンケーキ"を注文した。
焼き上がってくるまで20分間。
ブレンドコーヒーを飲みながら待つ。
ここしばらく安いカフェばかり通っていたので、雑味の少ないコーヒーを味わうのは久しぶりだった。
焼き上がるまでの間、豊穣の海 第三巻 暁の寺 を読み進める。
この第三巻の評判があまり良くないのは誰でも分かる。
三島由紀夫が書き記した唯識論の部分は、大学生の提出したやっつけのレポートのように無味乾燥だ。どこから引き写してきたのだろうという位の出来の悪さ。
いや、三島由紀夫の才能に恃むのならば、小難しい唯識論を主人公の行動などに落とし込んで欲しい。こんな生煮えを出すのだったら金を返して欲しいと読者は言いたくなる。
一方で、第一巻 春の雪 に関連してくる部分は、南平台の廃墟になった松ヶ枝公爵邸跡地での追憶ですら美しい。追憶…滅びていった優雅は、いまもって甘美でメランコリックな香りを漂わせている。独りよがりの恋をして死んだ貴族の青年は、その生家を没落させ、彼に関わった人ほとんどを不幸にした。それにもかかわらず、短い人生を駆け抜けた美しい青年の印象は強烈で、読者は主人公本多とともに彼を追慕せずにはいられないのだ。
そんなことを考えているうちに、パンケーキが登場。
メイプルシロップを垂らすと、スッと表面から染みこんでゆく。
幼い頃、母親が焼いてくれたホットケーキは、褐色の焼き目がメイプルシロップを弾き、甘い液体はいつも皿に流れた。僕はナイフを入れ、皿の底にたまったメイプルシロップをなすりつけてから口に運ぶのが常だった。
星乃珈琲店のスフレパンケーキは、フワフワとした口当たりがお菓子のようで、とてもおいしかった。母親が焼いてくれたどっしりとした小麦粉の塊のようなそれとはだいぶ違ってはいたけれど。今度、自宅でパンケーキの焼き方を教えてもらおう。
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