東日本大震災の後、イスラム教の人たちがカレーの炊き出しをしているという報道を何回か見ていました。勝手な推測ですが、菓子パンや冷えたおにぎりを食べる生活が続いていたら、カレーの香りは食欲をそそり、きっと喜ばれただろうなと思ってました。
日経ビジネスオンラインで、『震災被災者の支援は「本当のジハード」』( http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111110/223777/?P=1 )という記事が掲載されています。日本在住のムスリムコミュニティが、どうやって被災者支援活動を行ったかなどが書かれていて、本当に勉強になります。
そのなかで、「ジハード=聖戦」が誤解であることが説明されています。
ジハードはアラビア語で「奮闘努力すること」を意味するのだそうです。
「なぜジハードかって言うとね、行動を起こすには勇気が必要だからです。被災地は道が封鎖されている。電気もない。私にも家族や子供がいます。そういうことをすべて考えると、被災者を助ける行動を起こすのは、正直言って大変です。助けたいと思うのは当たり前だけれども、実際に行動を移すには勇気がないと駄目なんですよね。だからジハードなんですよ。『これはやらないといけない』『これは逃げるな』っていう教えですね」(クレイシ・ハールーンさん)
イスラムのムスリムたちが、押し寄せてくるキリスト教十字軍と戦う際に「奮闘努力する」と勇気を鼓舞して「ジハード」という言葉を口にしたのかもしれません。それがクローズアップされて、日本では聖戦と訳されてしまってる。日本人は西欧キリスト教史観で世界史を見ていますが、イスラム教史観から同じ出来事を見返すと、また印象が違って見えてきます。「ジハード」は日本人の「がんばる」という感情と親しいような気がします。
在日というと、通常在日朝鮮人たちの事を指します。でも、日本に在日している外国人は国籍だけ見ればもっと多様でしょう。ムスリムたちの活動を見ていて、出身、宗教、肌の色、文化も相当違う人たちが、同じ国土に住んでいて、近所づきあいというか、同じ土地に住む同胞づきあいができるのかもしれないという淡い希望を感じました。同じ国土で暮らす人間として当たり前のことをしたという彼らの姿勢は、とても格好が良い。
それに対して……はっきりと言って在日朝鮮人は無理だなあとも思う。それはなんというか……人間が普遍的に持っているはずの慈愛とか、無償の好意だとか、そういうものがごっそり欠けているように見えるから。
北海道大学 地震火山研究観測センター森谷武男氏が、2011年12月から2012年01月にかけて再びM9クラスの地震が発生する可能性があると警告しています。気象庁なども千葉東方沖の地震を警戒しています。
前回、帰宅難民になったりで、あまり会社も信用できないと思い、帰り道に"パンの缶詰"を二つ買ってきました。秋葉原駅の千葉方面行き総武線ホームの自販機で売っています。会社に置いておこうと思っています。
僕が買ったのは賞味期間13ヶ月のものですが、もうちょっと余裕がある人は、賞味期限3年の「救缶鳥プロジェクト」に参加して、非常食の備蓄と世界の飢餓救済支援に協力することもできます。
パン・アキモトのWebサイト
http://www.panakimoto.com/index.html
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