友情はセックスのない恋愛である

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昨日の日記が累計700番目の記事でした。で、これが701番目。
キリ番に気づいてませんでした。

さて、リサーチのためネットをさまよっていたら『友情はセックスのない恋愛である』というステキなフレーズを見つけてしまった。もともと"橋本治"が吐いた名言らしいが、ヒマな人はこちらを参照してみてくださいな。

こうなると仕事そっちのけで関連リンクを追っかけてしまうよ。

さらに核心をついている(?)関連ブログとしてこちらがある。
この中での友情に関して、ほぼ完璧と思われる記述があるんだ。

>異性間だろうが同性間だろうが一緒なんですが、片方が相手に恋愛感情を
>抱いている状態での友達付き合いというのは、もう片方の人間にとっては
>とても気持ちのいいものなんですよね。
>
>だって、片思い状態の相手は、こちらのためにイロイロと尽くしてくれる
>から。ただの友達同士だったらやってくれないことも、「相手に少しでも
>気に入られたい」という気持ちがあるからせっせとやってくれたりする。


~ 中略 ~

>ですがこの関係、実は対等なものじゃないので、片思いをしているほうは
>じわじわと疲れてしまう。
>
>尽くすことが辛いのではなく、対等ではないことが辛いのです。
>
>自分が相手のことを考えずにはいられない多くの時間、相手は自分のこと
>など考えずに過ごしているに違いないという確信が、何よりその身を細らせる。


ふむふむふむ~。鋭いなぁ。
消耗戦に耐えられなくなったときが破綻の始まりなわけな。
ふむふむ。たしかに。

さらに引用されるのがこちら。

>森依「…恋愛は あらゆる抵抗に打ち勝つ相思相愛の力。
>   友情は相思相愛でありながら
>   抵抗によって達成できない疑似恋愛関係」
>
>ハルタ「抵抗?」
>
>森依「同性であるとか、既婚者であるとか、恋人がいるとか
>   顔は好みだが性格が気に入らない。性格はいいが肉体的
>   には受けつけない等々。逆をいえば抵抗があるにもかか
>   わらず気持ちのベクトルが向き合っている人間関係と言
>   ってもいい」


ということで、友情は恋愛感情に包含され、しかもその友情はきわめて限定的で脆い条件の上に成り立っているということになるね。
ここで大事なのは「ベクトルが向き合っている」って事じゃないだろうか。力が拮抗しているから成り立つ。でもベクトルの向きが変わってしまったり、ベクトルの力に不均衡が生じると破綻してしまうっうことね。たしかに。

ちょっとズレるが、哲学者の鷲田清一さんが「待っていることを意識するとイライラする。だから待っていることを意識しないのが大人の知恵」という趣旨のことを言ってた。恋は苦しいものだから、ついイライラして落ち込んだり爆発してしまう。それが醍醐味といえばその通りなんだが、活火山みたいなものだな。意識している間はキツくもなる。不完全な形で維持を試みるといずれ関係が壊れる……むー、たしかに。でも意識しなくなったらただの知り合いかも?(笑)

自分を振り返ってみると、ちょうど元彼と自分の関係がおもしろいかな。
お互いに好意はある。友情?と言われると、もう少しエロイ。
いまでも身体を繋ごうとすれば簡単にできる状態にあるし。
でも互いに無理に身体を繋ごうとしているわけでもなく、熱い感情がたぎってイライラするわけでもない。休火山?(w 死んでいるように見えて山肌に触れてみると、いつもほんのり温かいって感じ。凹んでさみしくなれば「じゃあ人肌提供させてよ」「ありがと」って会話もする。ゲイの世界で本当に友情が成立するとしたら、それは元彼とのあいだに生まれるものなのかもしれないね。

さて、今日のランチ!【甘酒横丁しっぽり編】"翁庵""ねぎせいろ+ミニかき揚げ丼"です。温かい付け汁に烏賊天ぷらが入っていて、風味が出る出る。確かにお店一番の人気メニューだけのことはある。でも蕎麦がちょっと弱いかなって感じてしまった。


藤田まことがご贔屓にしている店。あるブログではTOKIO松岡昌宏が来ていたとか書かれているようですが、明治座に出演している役者さんがふらっと立ち寄っても不思議ではないかもしれませんね。

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